小説

『逢魔が時』檀上翔(『遠野物語』)

 腐りかけた鳥居が紺色になりつつある空を突き刺すように立っている。柱の下に鮮やかな紅色が見えた。近づいていくと、私が数を数えていた柱の逆側で少女が蹲っていた。彼女に近づき、肩を軽く叩く。
「えへ。見つかっちゃった。お兄さん、うまいね。」
 少女は柱にもたれながら顔を上げると、見尻を下げて柔らかく笑った。立ち上がると、懐から一通の手紙を取り出した。封筒には桃色の花水木(ハナミズキ)が描かれている。
「約束ね。はい、これが手紙。これをもっていけば災いから逃れられるよ。」
 差し出された手紙を無言で受け取った。とにかく池のところに行って、この手紙を老女とやらに渡そう。そして、千恵のもとへ行こう。
少女に背を向けて歩きはじめた。数歩歩いたところで、後ろから少女の声がした。
「急いだほうがいいよ。もうすぐ陽が沈んじゃう。太陽の光がないと書き換えた手紙の効き目が切れちゃう。災いが起きちゃう。」
 振り返ると、少女は言葉とは裏腹に柔らかく微笑み、袖を振っている。

 
 5
 砂利を蹴り上げ走り出す。夕暮れの境内はすでに薄暗く、西の空に引っかかった太陽の欠片の光が弱弱しく差しているだけだった。
 池がなかなか見つからない。横腹が錐で刺されたように痛みはじめる。
 巨木の影に包まれた小さな社を見つけた。私は祈るように社に近づく。社の横に揺れ動く地面が見えた。よく見るとそれは池だった。深緑の苔で覆われた池は墨を垂らしたように濁り、水面には枯れかかっている睡蓮の葉が浮かんでいる。
 ポケットの中から皺になった手紙を取り出すと、大きく息を吸い込みパン、パン、パンと手を三度叩いた。

 風が巨木の梢を震わせる。ゆっくりとした周期で葉が擦れる音が聞こえるだけで、あたりは静まり返っていた。人影は出てこない。場所を間違えたのかもしれない、とうろたえていると、突然背中を叩かれた。私は飛び上がるように振り返ると、そこには老婆が立っていた。
 煤けた長い髪をして、真っ黒の着物を着ている。皺だらけの顔の真ん中でゴキブリの背中のように光るふたつの目が私を覗きこんでいる。風に乗り腐ったような匂いが鼻腔に纏いつく。

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