小説

『逢魔が時』檀上翔(『遠野物語』)

「なんで手紙のことを知っているの?」
 強い風が吹いてあたりの草木を震わせる。茜色に染まった空では烏が円を描く。
「ねえ、遊びましょ。遊んでくれたら、手紙を書き換えてあげるから。」
 ワザワイという言葉がラムネビンのなかのビー玉のように頭の中でカラカラと響いた。災いとはなんだろうか。大地震、火事、交通事故、裏切り、殺人、そんな言葉が浮かんでは消えていった。
 千恵はもう無事に出産した頃だろうか。生まれてきた赤ん坊は元気よく泣いているのだろうか。赤ん坊の顔を想像すると針を刺されたように胸が痛んだ。

 私は自分の身に起きていることも起きようとしていることにも観念して、ただ頷いた。
「いまのって、いいよってことだよね。」
 袖を振って喜びを表現する。
「うーんとねえ、じゃあ、かくれんぼをしようよ。鬼はお兄さんね。あたし、隠れるから眼を瞑って二十数えてね。」
 そう言い放つと私の返事を待たずに、小さな足音を残し駆けて行った。小さくなっていく紅色の背中を眺めていると、こちらを振り向き、「ちゃんと数えてよ。」と注文してくる。私は言われるがまま鳥居の柱に頭をつけて数え始める。
「いーち、にーい、さーん、」
 かくれんぼなどいつ以来だろうか。妙に懐かしい心地になる。いつも自分が鬼をやっていた気がする。懸命にみんなを見つけようとするけれど、結局夕暮れ時になっても全員を見つけることが出来なかった。見つけなければ帰れない、と日が暮れても泣きながら探すが、それでも見つからない。
「じゅういち、じゅうに、じゅうさん、」
 あの頃とは違う、声変わりし低くなった声があたりに響く。もう少女はどこかに隠れただろうか。

 4
 ゆっくりと頭を柱から離し、目を開ける。さきほどよりもずいぶんと薄暗くなっていることに驚く。少女が駆けて行ったほうに目をやるが、秋風に吹かれて靡くススキが拡がっているだけで、そこにはぽっかりとした空間だけがあった。
 鳥居の周辺を探したが、少女の姿は見当たらない。すこし歩き進めると、ススキの切れ目に急な斜面があることが分かった。近づいてみると斜面の下に小川が流れている。降りてみたが、そこにも少女の姿はなかった。澄んだ流れに手を入れるとひんやりとして気持ちがよかった。

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