小説

『物語る』恵(『シンデレラ』)

「それで?」
「結局、八百屋の娘さんが王子様に見初められました」
 どこか退屈そうに私を眺めるのは、もうすっかり仲良くなった魔法使い。
「違います」
「え?」
「あなたは楽しめたのかが重要なんですよ。初めての外の世界はいかがでしたか?」
「…とても、刺激が多かったです」
「そうですか」
 どこか納得がいかないようで、少し不満を滲ませる声色で返事をされる。そんな魔法使いに、私は洗濯の手を止め、向き直って頭を下げた。
「ありがとうございました」
「ん?」
「この家の中が私の世界の全てでした。知らない世界を知れたことに感謝しています。それに、私は今が楽しいです。魔法使いさんに出会って、私、自分を好きになれました。それだけで、毎日が楽しいです」
 まさか、自分を好きになれる日が来るとは思わなかった。特別嫌いだったわけではないけど、毎日が楽しいと感じることはなった。私なんか、って思うのは変わらないけど、それでも、私は私のままでもいいのかなって思える。
「本当に、ありがとうございます」
『シンデレラ!どこにいるの!シンデレラ!』
「はい!ただいま!私、行きますね」
「行ってらっしゃい」
 現実は何も変わっていなくても、自分自身が変われば世界は楽しくなる。要するに、なんでも気の持ちよう。
「喜んでいただけたのなら、ガラスの靴を履かせ忘れたことは謝罪しなくてもいいですよね、シンデレラ」

 物語は、幸せな結末でなければならない。現実の不幸を忘れるために、幸せな結末でなくてはならない。私は、物語の意味を知った。だから、現実離れしたハッピーエンドではなく、現実に求める幸せに作り替えた。

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