小説

『マッチの火が消えれば』西野まひろ(『マッチ売りの少女』)

 竜也は苦笑いを交えて、ライトを少し遠くへ向けた。そこに山本さんが立っていた。イタズラっぽくもいじらしい笑顔でこちらを見ている。
「怖かったですか? 即興で思いついた怖い話しがこんなにもうまくいくなんて、私もびっくりです」山本さんは楽しそうにくるりと回った。ワンピースが軽やかに揺れる。「さあ、終わりがあれば始まりがあります。合宿所に戻ってみんなでトランプでも始めましょう」

 その日を境に、俺たちとこのサークルは急速に変化していった。
 亮平は家に引きこもり、大学にも来なくなった。竜也はこのサークルを健全なものになるよう尽力したあと、他のサークルに移った。山本さんはいつの間にか姿を消し、その後の彼女を見た人は誰一人としていない。
 まあつまり、こんな奇妙なことがあって、君たちが所属しているこのサークルはヤリサーから健全なものとなったってわけ」
 俺が話し終わると火の光がふっと消えて、辺りが真っ暗になった。
 何人かから小さな悲鳴が聞こえてきた。
 目の前に座っていた後輩が「なんかその話し創作臭すごいですね」と捻くれた声をだす。「山本さんって人の存在も先輩がつくった感じだし、そもそも最初の事件で逃げた男がすぐに通報すればその少女は捕まえられたんじゃないですか?」後輩の声には棘があった。が、その奥には微かな恐怖も感じられた。
 俺は後輩にゆっくりと近付いてから耳元で囁く。
「なんで通報しなかったと思う?」
 そしてそのまま後輩の耳に噛みつき、引きちぎった。こりこりとした食感とともに、濃厚な血の味が口いっぱいにひろがる。後輩は耳を押さえて、言葉にならない悲痛な叫び声をあげた。
 俺はこれがしたかったんだよね、これが。さて、食事の時間の始まりだ。
――凄惨な現場の足元には、大量の燃え尽きたマッチがころがっていた。

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