小説

『紅葉かつ散る』鹿目勘六(『一房の葡萄』)

吉野京子様へ 
明るく元気なナイスレディーへ 
日に向かい輝き返す黄水仙
冴子 
冴子の名前の横には、赤い落款が押してある。

 そのような色紙を一人一人読み上げながら手渡した。
 書かれている内容は、生徒達への応援歌であったが、冴子による中学校卒業の儀式のようにも思えた。
 生徒達は、その色紙を携えて、少し黄昏て来た町へ帰って行った。
 冴子は、生徒達の見えなくなるまで手を振っていた。
 そして自分は子供を産めなかったが、教職を通して大勢の生徒達を育てることに関わることが出来たことへの満足感で満たされていた。
 教職に就いたお蔭で親の死に目にも会えず、また夫を単身赴任させ結局離婚する羽目になってしまった。毎日の教師の仕事も苦労の連続だった。
 しかし今、振り返ってみると懐かしさと誇らしさを感じるばかりであった。

 暮れなずむ空を見上げて、冴子は一つ大きく深呼吸をした。
 そして思った。
 教師と生徒の関係は、担任を終えたら断ち切れてしまうものでは無い。
 生きている限り未来へも続いて行くのだ。
 生徒達は、これから多感な青春時代を迎える。その迷路に迷いこまずに自分なりの指針を持って育って行って欲しい。そして幸多き人生を切り開いて行って欲しい。そう願うばかりだ。
 そのためには、元教師として、なによりも人生の先輩として、これからも生徒達への範となる生き方をして行かなければならない、と思えるのだ。
 生徒達には、無限の可能性を待つ明日が待っているが、私には人生の旅の終わりが待っているだけかも知れない。
 しかし、最期の時を迎えるまで、その旅を私らしく歩いて行こう、と思う。
 何十年後の生徒に恥じないためにも、自分の一生に悔いを残さないためにも、今日を悔いなく生きよう。

 木々は、春の芽吹きも清楚で美しいが、秋の紅葉も秀麗で美しい。
 しかも紅葉は、散華の時が最も濃艶に最後の輝きを放って散って行くのだ。 
 紅葉かつ散る
 未だ、旅は続いている。

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