小説

『紅葉かつ散る』鹿目勘六(『一房の葡萄』)

 まず京子が笑顔で挨拶する。
「お忙しい所、本日は有難うございます。大勢でお邪魔しましたが、宜しくお願いします。これ皆の感謝の気持ちです」
 と言って振り返ると男子が、ラップしリボンを掛けた花の鉢を差し出した。
「まあ!そんな心配必要なかったのに」
 冴子は、笑顔で御礼を言った。
「さあ皆、入って」
 生徒達は、少し緊張した声で名前と合格した高校名を名乗りながら頭を下げた。
 それから失礼しますと言って靴を脱いだ。
 どうも事前に全員で打ち合わせをして来たらしい。
 冴子は、目を細めて一人一人の自己紹介に頷いている。
 通された応接室のテーブルの上には、既にショートケーキと飲み物のペットボトルが配置されていた。
「さあ、好きな所に座って。飲み物は、好きなものを自分で注いで飲んでね」
 生徒達は、歓声を上げながら腰を下ろした。
「細やかだけど先生からのお祝いよ。遠慮しないでね」
 冴子は、改めて一人一人の顔を見廻しながら、二年前の顔と比べていた。
 二年前にはあどけなさが残っていた顔は、受験と言う試練を経て別人のように大人びて見える。女子は女性らしさが滲み出ているし、男子も声変わりしてすっかり男性の声だ。
「皆さん、おめでとう。頑張ったわね」
 冴子は、感無量だった。
 少し緊張していた生徒達も、ジュースを飲み、ケーキを口に運ぶと話も滑らかになって来た。
 ここでも吉野京子は、仕切りたがった。
「皆、先生に遭いたいと言って一緒に来たんだから、その想いをシッカリと先生に伝えてね。それでは私からやらせてもらうね」
 と切り出してから、先生との思い出や城南高を選んだ理由、高校で遣りたいこと等を明るい口調で話した。
 京子は、冴子が黒板に書く流麗な字を真似ようと書き方を何度もなぞってみたこと、そして授業内容が分かり易くて面白かったこと、また優しいが芯がある先生だったこと等を思い出として挙げてくれた。
 そして城南高を選んだのは、大学へ進んで社会で活躍出来る女性、先生のような女性になりたいと言った。
 冴子は、涙が出るほど嬉しかった。

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