小説

『発端』鈴木一優(『桃太郎』)

「あ、じっちゃん」
 眼前にある漣の音に耳を傾けていたおじいさんは、聞き覚えのある声に自分が呼ばれているのだと気づき振り向く。
 立っていたのは幼い顔立ちの男の子。その姿を見たおじいさんは口を開き、彼の名を呼ぶ。
「おぉ、百乃介。どがいしたじゃ、こげんとこに」
 こんなところ、というのも、ここは村から遠く離れた小さな一軒家の裏。水平線が一望できる島の端っこのさらに端っこである。
 百乃介はおじいさんに理由を聞かれると、バツの悪そうな顔をしながら歩み寄り、おじいさんの横にちょこんと座りこんだ。
「あんね、じっちゃんに会いに来たんけどね、おうちにいなかったから海見てんと思って来てん。そしたらおじいちゃんがおってん」
 お尻を地につけ、足を抱え込むように腕を回して体育座りをする百乃介は、おじいさんを横目に、海を見る。そんな百乃介を見て、何か察したおじいさんは、その小さな頭に手を乗せた。
「なにしたじゃ」
「喧嘩した。大島と」
「大島ったら、あの体の大きい坊主頭の。なにしとっと?」
 おじいさんに撫でられながらそれまで俯いていた百乃介が、そう聞かれてから血相を変え、おじいさんに顔を向ける。
「あいつ俺が取ってきたどんぐり取ってん」
 そう言いながら百乃介がポケットから取り出したのは十個程のどんぐりだった。大きさや形が様々ある中、百乃介はその中でもとびきり大きいものを一つ取り上げる。
「これ、俺が拾ったんに、先に見つけた言うて、大島が取ったん。だから大山殴って取って逃げてきたん」
「ほぉ、大島に喧嘩で勝ってきたんか。すごかあことじゃの。かっかっか」
「笑うの違うし。じっちゃん、俺悪かあないよね」
 眉を顰め伺う百乃介を見て、おじいさんは再び海を見つめる。
「百乃介、おまあ、この島で昔起きたこと、知っとっか?」
「じっちゃんの昔話いいんや、俺の事答えてくれんか」
「ええから聞きい。おいが小さい頃、この島で強奪ばあったんのは知いっとるけ?」
 頬を膨らます百乃介に対し、いいからと質問を続けるおじいさん。こうなるとおじいさんは何があっても自分のペースで話し続けることを知っている百乃介は、さらに頬を膨らませた。
「知っとる。じっちゃんが取り返してきたん話でしょ? 聞き飽きてん」

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