小説

『戦にまつわる干支セトラ』小塚原旬(『十二支のはじまり』)

私は両足を持ち上げると、私を後ろから羽交い絞めにしている羽生さんの頭を膝で挟み込んだ。
「ちょっ!何する気!」
「なんくるないさ」
 私はおどけて言うと、自分の前方に重力場を置いた。重みで二人の体は前方へと転がり、私に膝で頭を挟まれたままの羽生さんの体が、背中からコンテナの上へと叩きつけられた。
「いったぁ……」
 私は構わずに走り出し、隣を走る観光バスの上に飛び移った。
 落下した二人も自分達で何とか出来るだろうし、羽生さんも怪我をするほどではなかったはず。何より、グラビタスロンではこれくらいの小競り合いはよくあること。この程度の事は挨拶のハグくらいにしか誰も考えない……多分。
いよいよレース中盤、羽田空港に着陸するために低く飛ぶ飛行機を間近に見据えて、私は目を細めた。


 交通量も少なく、大型トラックに移ってからは私もいたずらに動けないでいた。その間、私はGグラブに内蔵されている映像投影端末でレース状況を確認していた。眼前に選手たちの順位が表示されている映像が浮かび上がる。
 私は現在4位。思ったほど良くないな……あの3バカに邪魔されたのが大きかったかも知れない。バッテリーも想定よりも10%程多く消費していた。
 高速道路はこの先、昭和島で分岐する。右手に海沿いに進む湾岸線と、東京駅に向かって北上する首都高1号線。私の計画では1号羽田線から6号向島線へと進む……はずだった。
「パァイセン、まだこんな所で遊んでたんすかぁ?」
 このイラつく声は……!
「あらぁ、園子ちゃん。あなたこそこんな所で暇つぶし?」
 隣を走っていた大型トラックから飛び移ってきたのは、“可愛すぎるアスリート”とネットで話題にもなった、今年のインターハイの女王、甲子園子だった。
「せやなぁ、敵らしい敵もおらへんし、夜景を見ながらお茶しばいとったわ」
「さすが、余裕ねえ」
 私の笑顔は引きつっていた。自分でもよく分かった。
「パイセンこそ余裕やね、あたしらなんて、まるで眼中にないみたいやわ。さっすが、“元”女王」

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