小説

『戦にまつわる干支セトラ』小塚原旬(『十二支のはじまり』)


 飛び出した選手で、律儀に出口専用通路を通ってスタジアムから出て行くお行儀の良い選手など一人もいるはずもなく、誰しもが大股のダッシュで観客席を駆け上がっていった。
 私たちは皆、マラソンランナーのようなユニフォームに、スキーで使うような大きくてごついグラブとブーツを装備していたが、身軽に動いていた。超高出力のソレノイドコイルが内蔵された私たちの装備、Gデバイスは、重力場を生成させるだけではなく、電磁場を発生させることができた。磁気引力と、更には磁場を同時に二点で発生させて斥力、つまりはねのける力を得ることが出来るのだ。
「よう、内野」
 高速道路横羽線の防風壁のへりを走る私に声を掛けてきたのは、犬飼(いぬかい)剛(つよし)。お察しの通り犬の代表選手だ。私とタメで、こいつも全国大会の常連だった。
「あら、彼女はどうしたの?夜景がこんなにきれいなのに」
「彼女じゃねえし、てゆーか、今俺、あいつから逃げてるところだし」
「すぐに来るわよ。あの娘、足めっちゃ早いし、得意技は猪突猛進だから」
 そんな会話をしているそばから、何かがこちらへと迫って来るのを感じて、私たちは同時に後ろを振り返った。
「剛くうん!私のこと、置いてかないでよおう!」
 大柄な体からは想像も出来ないほど俊敏な動きで、“足柄のタタリ神”こと、猪(しし)鍋(なべ)ぼたんがダッシュしてきた。
「げ」
「ほら、彼女を置いていくから。イケメンは大変ね」
「いや、てゆーか、お前こそ飯くらい付き合っぶぇっ」
 剛がしゃべり終わる前に、ぼたんが彼に抱きついた。いや、正確に言うとあれはラリアットだな。
剛の悲鳴が横浜桜木町の空にこだました。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14