小説

『戦にまつわる干支セトラ』小塚原旬(『十二支のはじまり』)

 このまま行けば……いや、行くはずないよな。
 やたらと静かなのが、むしろ怖い。
 それでも私は淡々と登り続けた。
 バッテリーと体力の温存を考えて、無駄なく、ペースを上げ過ぎず、ゆっくりと、しかし急いでランニングを続けた。
 第一展望台で下を振り返る。東京の夜景に、しばし見とれる。
 更に進んで第二展望台。
 やはり静かだった。
 風が吹き荒び、寒い。
 ここから先はアンテナ部分。ラストスパート。
 バッテリーは遂に5%を切った。急がなきゃ。
 そう考えて走り始めた時、やはりと言うか、遂に後続に追い付かれた。
「待てええい!」
 野太い声が天蓋を揺らす。今年のインターハイ王者、米国人ハーフのデイブ牛久(うしく)だった。一々説明するのも億劫になってきたが、牛の代表選手である。地元、茨城では伝説のヤンキーだの、牛久大仏の化身だのと言われているらしいが、ぶっちゃけどうでもいい。
 私はGブーツのバッテリーをここで使い切る覚悟で駆け抜けた。
 ようやくゴールが見えてきた。
 ツリーアンテナ部の上空に浮かぶ光の輪。あと数m!
 フィジカルの強さは一級品のデイブ先輩、追い込みは予想以上だった。バッテリーも残量に余裕がありそうだった。
 負けるか!
 その時、ピーという無情な電子音が鳴り響いて、私の体がツリーから浮いた。
 バッテリー切れだ。地上630mで……。


 私の体が落下を始めた。
 下から猛追してくるデイブ先輩の不敵な笑みが見えた。
 負け?

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