小説

『戦にまつわる干支セトラ』小塚原旬(『十二支のはじまり』)


 直線距離にして33km、そして高低差は634m。
 そこに私たちのゴールがある。
 私たちは歓声に沸く、満員の横浜スタジアムのど真ん中でレースが始まるのを待っていた。
 選手の数は高校生、大学生を中心に総勢十五名。いずれもインターハイや国体で名を馳せる実力者揃いだ。私の知らない顔はない。
 逆に私のことを知らない者もこの場にはいなかった。
 内野(うちの)珠(たま)、十七歳、都立智永学園高校二年。
 今年の操重力走、いわゆるグラビタスロンのインターハイ女子で全国2位、大学生や社会人相手に戦っても互角以上のタイムを叩き出している。
 ちなみにグラビタスロンというのは、専用のグラブとブーツを装着して、地球の重力とは別の重力場を空中に生成しながら立体的なコースを駆け抜けていくレースの事だ。簡単に言ってしまえば、上空に落下したり、壁や天井を走り抜けると想像してもらえば分かりやすい。
 私自身、原理については正直興味がないんだけど、教科書的な説明ではこんな感じ。
今世紀初頭まで、重力場を人為的に生成させることは不可能だと思われてきた。重力波は観測出来ただけでノーベル賞ものだったし、質量を何もない場所に発生させることなど夢のまた夢だった。しかしそれを可能にしたのが素粒子コンダクターだった。高出力の電磁気でヒッグス粒子を極少の空間に導き密集させる。その方法で瞬間的にではあるが、驚異的に大きな質量、要するに人工的な重力場を発生させることができる。その実験をヨーロッパの粒子運動研究機構が成功させたのが四十年ほど前の話。この技術は宇宙ステーションや航空工学、建築現場で活用されることとなったが、その派生としてレースに転用されて登場したのが操重力走、グラビタスロンである。
今の説明で納得できたかな?私はよく分かっていない。
 でもとにかく、昨年のインターハイで優勝し、スーパールーキーと謳われた私を蹴落として今年、インターハイを制した甲子(きのえね)園子(そのこ)……私立兵庫第六高校の一年生、あの外道娘に雪辱を晴らさなくては気が済まない。
 園子は中学までは新体操をしていたそうだが、陸上部出身の私と比べても遜色のない脚力、小柄で愛らしい容貌からは想像できない、勝ちへの執念というか執着、手段を選ばない卑劣さ……とにかく、どれ一つとっても本っ当に腹が立つ女だ。
 あ、ほら!私をチラ見してにやついた!
 今夜こそ、絶対にぶっ潰す!

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