小説

『邪悪の森』和織(『狂人は笑う』『猟奇歌』夢野久作)

 可笑しい?・・・あれ?どうしたんだろう・・・可笑しい・・・あれ?確か自分は、誰かと・・・一緒にいたはず・・・・・どこへ行ったのだろう?白い部屋・・・・・どこだろうここは・・・・・?ハハハハ・・・・・・ひょっとして、ああ、やっと・・・・・来たのかもしれないぞ・・・その瞬間が・・・待っていた・・・・・『…セイ!』?・・・・瞬間・・・・・『…ってば!』?・・・待ち焦がれた・・・・・『…!』?・・・・その・・・『!!!』?・・・・?・・・
「先生!!」
 消えたと思ったものが、また目の前に現れた。私はほっとした分より、落胆した。
「だから無理だって。先生が狂っちゃうなんてこと、百パーセントないんだから。今回トリップしてたのはほんの数秒。どんどん短くなってるじゃない。立ちくらみみたいなもんだよ。もう次はないねきっと。すっかり僕に慣れちゃったんだから」
 私はため息をついて立ち上がった。泣きたい気分になったからだ。
「恨むなら、僕じゃなくてその無駄な自制心を恨んでね」
「もう行くよ」
「先生、すごくゾクゾクするよ。僕のが伝わってるように、先生のもちゃんと伝わってるよ。こんなに理解し合える相手に出会えるなんて、本当に幸運だね」
 私の背中へ、Yは声をかけ続ける。聞こえなくなってしまえば、どんなに楽だろうと思う。こいつの顔を忘れてしまえるなら、狂ったっていいと、今もまだ思っている。でも私はきっと・・・・・
「人間にとって理解し合えることより重要なのは、違っていても尊重し合えることだ。私たちがどんなに考えを共有し合えても、それは大したことではない。私は決して君を」私はそこで振り向いてYを見た。「受け入れることはないからだ」
 また振り返って、ドアノブに手をかけた。Yは、クスクスと笑った。
「苦しいでしょう先生、受け入れられないもので満たされていくのは。だからこそ先生の頭の中は今、とても綺麗だよ。今日は、先生のことを考えて眠るね」
 部屋を出てドアを閉めてから、この病院の外にいる人間を、アイスピックで次々と刺殺した。Yを知らずに生きている全ての人間が憎くて、羨ましくて、妬ましくて、何人も何人も殺した。自分よりもっと苦しんでいるだろう人々を蹴散らして、生き物という生き物を切り刻んで、そのうちに死体に蛆が沸いて、干からびて、世界が終わって、私もやっと、死ぬことができる。
 この私の頭の中の血みどろと、終わりの風景を、きっとYも見ている。それを映画でも見ているように楽しんで、興奮して、恋をするように私を想うのだろう。
 

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