小説

『邪悪の森』和織(『狂人は笑う』『猟奇歌』夢野久作)

 私は言った。
「特に何って訳じゃないけど、仲良くなってから、彼女にいくつか質問をしてた」
「どんな?」
「君は二十歳そこそこの筈なのに、どうして手がそんなに皴々なの?」
「・・・・・」
 Yは考えながら指を折って数え、続けた。
「ねぇ、そんなに若くして白髪があるなんて、君ってどんな苦労をしたの?歯茎が下がってない?ちゃんと歯ブラシしてる?瞼も落ちてるよ。もっと綺麗にしていてって、彼に言われないの?婚約者の彼ってどんな人?結婚するんでしょう?彼はいつするって言ってるの?結婚したら二人でここを出るの?どこに住む予定なの?子供は何人くらい欲しいの?ところで彼と最後に会話したのっていつ?彼って本当に・・・」
「もういい」
「先生だって大変だったでしょ。医者だってただの人間なのに、患者は全能の神みたいに思ってる。彼女は、先生に甘えてた。僕はそれに気付いてほしかったんだ」
「・・・私を助けたつもりなのか?」
「いや、そんな大げさなことじゃないけど」
 そう言って肩を竦めてみせるYを見て、私はやっと、この男が簡単に狂人の心をもコントロールすることができる人間なのだと気がついた。YはAの世界へスッと入り込んで、ずっと、A自身が抱いている彼女の妄想のイメージ像に対して語りかけた。Yは、Aの夢の住人になったのだ。だからAはYの話に耳を傾け、その言葉を受け入れてしまった。そのせいで、Aの世界に「現実」という亀裂が入った。彼女は今も、傷だらけの顔で、常に手にグローブをハメられて、均等の崩れた世界の中にいる。闇の住人が再び光を浴びるには、自らの手で少しずつドアを開いて、徐々に明るさに慣れなければならない。しかしYはAの世界の壁を方々から崩して、彼女を突然強い光にさらした。そのせいでAは、夢を見ていた方の目まで眩ませてしまった。
 その後も、Yは定期的にそういう「悪戯」を、何人かの患者に対して行った。幻覚の見える患者には、同じものが見えるように装い、自殺を繰り替えす患者には、死にたいと考えることが悪いことではないと言って取り入り、しかし最終的に、元々あった幻覚を本人の中でもっと膨らませ、より恐ろしいものにしてしまったり、生きていることがどれ程尊いかと説いてみせてから、冷たい言葉で裏切ったりした。
「で、加藤さん、結局どうなったの?」

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