小説

『一物』山羊明良(芥川龍之介『鼻』)

 俺はいったいどこちらなのだろう。普通か特別か。マイクにはどうにも分からなかった。分からないと次への行動ができなくなった。他者に気をつかうほどの繊細さを忘れ、全ては自己へ向けられた。
 季節が何度か変わった。風が冷たく、月がくっきりとみえる澄んだ夜がやってきた。マイクは頭を剃った。後頭部を剃りあげようとして剃刀を持ち直した時、下腹部に鈍い、それでいて鋭い疼きが走った。時々の生理現象だとマイクは思った。冷水を浴びた。一物はもりもり元気になっていった。触れてみると熱く、猛々しく脈打っていた。マイクは裸のまま飛び出し、ベランダにでた。外にでると一物はまるで月に向かって伸びていく。昔にもどりつつあるようだった。急にマイクは全てが馬鹿らしく思えた。何もかもが馬鹿らしく、どうしてこの程度でうじうじ悩んでいたのか自分を恨めしく思った。それに比べて己の一物は一心不乱に大きくなっていく。あるがままに、ながれるままに。何も気にすることなく。
 何と男らしいのだ、とマイクは思った。誰よりも男らしく、そして強い。それを懸命に放棄しようとした自分は何と小さい事か。毛利元就の「三本の矢」である。二本足では折れてしまった。しかし、三本あるのなら折れることはないだろう。
 マイクは空を見上げた。群青のそらには星がいくつか瞬いていた。心が晴れた。元々悩む必要などなかったのだ。誰かは笑おう。誰かは馬鹿にしよう。誰かは忌み嫌おう。だからどうしたというのだ。それがどうしたというのだろう。
 マイクは大きな声で笑った。「俺はインディアン・マイクではないぞ。内藤善治だ。文句があるやつはかかってこい」

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