小説

『一物』山羊明良(芥川龍之介『鼻』)

 歴代のギネスをめくった。そこには超雄を有する男達が確かにのっていた。心細さが幾分は和らいだのはいうまでもないが、それは束の間のことですぐに陰鬱さがわいてきた。世界チャンピオンはいつも遠い所にいる。決して隣りあうことなどないのだ。
そんなマイクに転機が訪れたのは上京した姉二人が帰郷した時のことだった。かねてから弟のことが心配でたまらない姉たちは八方調べてまわり、一つの法をみつけだした。
その法とは、ただ一物を塩茹でにして人に踏ませるという簡単なものだった。
 「答えはいつだって簡単なものよ」長女が言う。
 「一生懸命踏んであげるから」次女が袖をまく。「だから痛くっても我慢しなさい」
 長女が熱湯をもってきた。しかし、そのままじかに浸したのでは睾丸のみならず湯気で関係がないところまで火傷してしまう。そこで次女が蓋がわりになるちょうどよいお盆をもってきて穴をあけ始めた。その穴に一物を通して湯の中へ入れようとした。
「ためしに通してみな」
 お盆に開けられた穴に一物を突き刺した弟のすがたをみて姉達はゲラゲラ笑った。マイクははなはだ不愉快だと思った。
 あまりに長く太い一物は極度に神経が鈍くできあがっているのか、湯に浸してみても熱くもなく、痛くもなかった。しばらくすると長女が「もう茹であがったでしょ」と言った。
 マイクは苦笑した。なんだかひどく馬鹿馬鹿しいことをしているような気がしたからだった。一物がむずがゆい。虫がはっているようだった。
 マイクは横になった。二人の姉はだらりと垂れさがった一物をキャッキャ、キャッキャと踏み始めた。マイクは目をつぶり、なされるがままに力を抜いていた。
「痛くない」
 マイクは痛くない、と答えた。気持ちがいいとは言えなかった。
 しばらく踏んでいると先端から泡が出始めた。泡の次は膿のようなとろりとした液体が現れた。それが終わるとゴマほどの固形物がコロコロと落ちはじめた。
「これよ、これよ。こいつを全部出し切るといいのよ」
 二人の姉は飛び跳ねるように力いっぱい踏み始めた。マイクは自分の一物から得体の知れないものがでてくるのをみて気持ち悪くなった。自分が何か得体の知れない化け物みたいだと思った。周囲の人間達が気持ち悪がる理由が少しだけ理解できた。もしも反対の立場なら自分も近寄らないだろう。

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