小説

『熱海の魔女』伊藤なむあひ(『ヘンゼルとグレーテル』)

「やあうまくいったね」
 わたくしの耳元で『ヘンゼル』がそう言いました。そして「おっとこれは失礼」だなんて言ってわたくしの体をそっと降ろします。その体には刺さったナイフなんてなく、さっきのはどうやら彼の演技だったようなのです。そして『ヘンゼル』はわたしにテーブルにつくよう促すと、静かに彼女が何者だったのかを教えてくれました。
 かまどで焼かれた女性はGritterでわたくしと交流があった『グレーテル』だったということ。彼女が『グレーテル』を名乗っていたのは本物の『グレーテル』をおびき寄せるための嘘で、本当は彼女が『魔女』だったといこと。『ヘンゼル』はわざと誰かと会うことをGritterでほのめかし、その場に偽物の『グレーテル』をおびき寄せようとしたこと。
「ええと、ということはわたくしも彼女も『魔女』だったということですか……?」
 混乱する頭で、わたくしはかろうじてそれだけ質問できました。それに対し『ヘンゼル』は首を横に振りました。
「きみは『グレーテル』なんだ」
 あまりに予想外な答えにいよいよ思考が止まってしまったわたくしに向かって、『ヘンゼル』はゆっくりと説明を続けます。
「大昔、魔女の祖先が『ヘンゼル』と『グレーテル』の祖先によってかまどで焼かれ殺されたんだ」
「え……」
「それは魔女がふたりをだまして食べてしまおうとした結果なんだけど、魔女の子孫たちはそれを逆恨みし、『ヘンゼル』と『グレーテル』の子孫を憎み続けていたんだよ」
「じゃあわたくしは何故『魔女』として育てられたのでしょうか」
 なんだか自分の存在そのものが消えてしまいそうな不安に駆られ、『グレーテル』にそう質問しました。
「きみの親が、きみが自身を『グレーテル』と認識して育つことによって魔女に接触されてしまう可能性が高くなってしまうと考えたんだ」
『ヘンゼル』の説明はある程度納得できるものでしたが、ひとつ疑問がありました。
「……なぜ、あなたはそんなに詳しいのですか?」
 それは勇気のいる質問でした。混乱しつつもわたくしは、この『グレーテル』こそが全ての真犯人であるという可能性を捨てきれずにいたのです。『グレーテル』はわたくしの目を見つめ、少し沈黙した後ゆっくりと口を開きました。
「それは、僕がきみの父親だからだよ」

 というわけで『魔女』をやっつけたわたくしたち父娘はそれからというものお菓子の家で一緒に生活をすることになりました(幼い頃亡くなったお母さまはやはり先代の『魔女』に殺されたそうです……)。父は会社から遠くなってしまったよなんて言いながら、ここでの暮らしの記録を相変わらず楽しそうにGritterに投稿しています。

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