小説

『熱海の魔女』伊藤なむあひ(『ヘンゼルとグレーテル』)

 ある魔女は大食漢の『ヘンゼル』に食べられそうになったところを『グレーテル』に助けられました。
 ある魔女は既婚の『ヘンゼル』と恋に落ち妻である『グレーテル』に背中を刺されました。
 ある魔女は創作居酒屋『ヘンゼル』で食事をしていたところ、たまたま隣の席にいた『グレーテル』と同郷だということが分かり意気投合しました。
 これはわたしがこのお菓子の家で見付けた記録に書かれていたことです。チョコレートでできた冷蔵庫の裏側、大掃除をしていてたまたま見付けたホワイトチョコの日記帳にそう書いてありました。『ヘンゼル』と『グレーテル』、その二つの名前には何故だか奇妙な懐かしさを覚えたのです。
 そうして、ある魔女はインターネットを駆使して『ヘンゼル』と『グレーテル』を見つけ出し、ふたりと接触しようとしていました。そう、わたくしのことです。
 いきなり声を掛けると出会い厨(という言葉があるんです)だと思われ警戒されるとインターネットで学んだので、かれらをフォローすることから始め、かれらの投稿にときおり『ライク』ボタンを押し、かれらの好きそうな話題や情報をチェックすることを通じて少しづつかれらとの距離を縮めていきました。もちろんダミーとして関係ない人間をフォローすることも忘れませんでした。
 ある日のことです。思いきって投稿したわたくしの自撮り写真(とは言っても景色メインですが)に、ふたつの反応がありました。『ヘンゼル』からの『ライク』と『グレーテル』からのコメントです。『ヘンゼル』からの『ライク』は珍しく、わたくしはひとりで小さくガッツポーズをきめました。対して『グレーテル』からのコメントは最近増えており、どうやらわたくしは『グレーテル』に気に入られているようでした。

@majo_in_atami 魔女のおねえさまっ!ご尊顔拝見しました!とってもおきれいでグレーテルは、ああグレーテルは…はぁはぁ…

 年下と思われる『グレーテル』はいつの間にか妹のようになついており、お世辞だとは分かっていながらも彼女のコメントに対して悪い気はしませんでした。

@worlds_end_phobia ふふ、グレちゃんありがとう!恥ずかしいけど載せてみちゃった。肌のこととかはつっこまないで~

 ほほ笑みながら『グレーテル』への返信コメントを投稿すると、ノートパソコンの画面に見慣れない表示がありました。Gritterの標準機能のひとつにダイレクトメールというものがあります。先の『グレーテル』とのやりとりが誰でも閲覧できるのに対し、ダイレクトメールは送った人間と受け取った人間しかその文章を読むことができないというものなのですがどうやらそれが届いているらしいのです。

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