小説

『カエルの婿』木江恭(『カエルの王様』)

「ナナカが出て行っても通ってくるってことは、やっぱりユウちゃんが約束したのかな」
「またその話?」
「長生きよねえ、あのカエル」
「いや、同じカエルじゃないと思うけど」
 ふと思いついて、スマホで「カエル 寿命」と検索した。ヒットしたページをざっと流し読みすると、数年とか十年とか三十年とか色々な説があってはっきりしないが、思っていたより長生きだ。本当に十年生きるなら、同じカエルの可能性もないわけではないか。
 ガチャリ、とリビングのドアが開いて、あくびをしながら父が入ってくる。
「おはよう」
「おはよ」
 振り返った視界の隅、リビングの窓の片隅で、何かがぴょこんと跳ねた気がした。

 日本でジューンブライドなんてやめておきなよ無茶だよ、と散々止められたのに姉は強行し、そして見事に晴れを引き当てた。見事な晴れ女っぷりだった。
 都内の外資系ホテルでの挙式と披露宴を終えて、これから友達と独身最後の夜を楽しむのだとはしゃぐ姉を送り出してわたしたち家族は引き上げた。姉が家を出てからもう何年にもなるけれど、単に離れて暮らすのと嫁に行ったというのはやっぱり何処か違うもので、父はタクシーの中でまた鼻をぐずぐず鳴らして母に呆れられていた。
「あら、カエル」
 暗い玄関先で、鍵がないと鞄を探っていた母が声を上げた。
「何処?」
「そこよ、縁側の下」
 ドレスの裾が地面につかないように気をつけながら身をかがめると、暗がりで光るカエルの目と視線がぶつかる。
「あ、ホントだ、まだ生きてたんだ」
「どれどれ」
 父も太鼓腹を抑えながら、どっこいしょとしゃがみこむ。
「ああ、本当だ、ずいぶん大きくなったなあ」
 ゲコ、とカエルがタイミングよく鳴くので、母が笑う。

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