小説

『カエルの婿』木江恭(『カエルの王様』)

 パパはにっこりと笑って、カーテンを閉めてくれる。
「ほら、これで怖くない」
 ゲコ、と何処かでカエルが鳴いた。

「カエル、今年も来たね」
「え、何」
 わたしが話しかけても、ママはパソコンの画面から目を離しもしない。
「だから、カエル」
「ねえユウちゃん、ママ今ちょっと集中してるから」
「……ごめん」
 わたしはすごすごと引き下がってソファに寝転がる。テレビを付けて、馬鹿馬鹿しいバラエティの音量を上げる。
「ユウちゃん、音うるさい」
「……ごめん」
 わたしはテレビを消す。
 ナナカが突然不登校になってから、ママは笑わなくなった。明るくて可愛くてクラスの人気者だったナナカがある日突然苛めの標的になったと知った時、ママは毎日泣いて、趣味だったお菓子作りも止めてしまった。最近では会合、とか、カウンセリング、とかいうものに頻繁に出かけるようになり、ナナカの部屋から何時間も出てこないことも増えた。作りかけで放り出された料理を完成させて、一人で食べる生活にも慣れた。おかげで調理実習ではみんなから大絶賛だ。ユウカちゃん料理うまいね、だって。
 最近はパパも帰りが遅い。新しい上司に変わってから、わたしが起きている時間に帰ってくることはほとんどなくなった。しかも朝も早い。休みの日はずっと寝ているか出張。もう何日顔を見ていないだろう。前見たときは白髪が急に増えていたのがショックで、ろくに話も出来なかった。
 パパにもママにも、話したいことはたくさんあるのに。どうしてもバスケ部のレギュラーになれないこと、それでも丁寧に教えてくれる先輩を好きになったこと、そのせいで別のグループに靴を隠されたこと、どうしても数学が好きになれないこと、足が太いのを何とかしたいこと。
 クッションを抱きしめて外を見る。
 カエルの背中にはぶつぶつとしたいぼがたくさんあって、玄関灯を反射してぬらぬらと光っている。

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