小説

『続・銀河鉄道の夜』藤野(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』)

 お嬢さんが好奇心いっぱいの瞳でそんな少年たちを見送ります。通り過ぎて行った少年たちの中のせいの高い少年がふとこちらを振り向いたように見えました。街の家々はぼんやりと優しく灯る明かりをそれぞれの戸の前にかかげはじめています。様々な灯や木の枝でできた飾りが家々をよそゆきにしたてあげ、誰もがしあわせそうにそれらの灯りをながめております。お嬢さんもひとつひとつの飾りに目をとめては、ほぅ、と感心したように息をもらします。
 先生もそんなお嬢さんの様子を満足げに見守っていらっしゃいましたが、ふと、ジョバンニのほうをふりかえり、たずねました。
「そうだ、ジョバンニ君はこの街の出身だったんじゃなかったかい?」
「はい」
 ジョバンニはふるえそうになる声を抑えながらうなずきました。ジョバンニは今夜、この街で講演ができると聞いたとき、これは天に定められた運命に違いないと思ったのです。あの日、おわかれを言う時間もなくみうしなった友人に今夜こそ会える気がしてなりません。
 頭上には青玉随のように流れ行く星々の川が白く輝いております。そうして、ジョバンニはやはり自分の計算が少しも間違っていなかったのだとはっきりとわかっていたのです。
 遠い昔の星祭の夜のあと、ジョバンニはひと時もあの夜をともに過ごした友人のことを忘れたことはありませんでした。あの夜に出会った博士に言われた通りたくさん勉強をし、たくさんの実験をしてきました。切れ切れの考えの初めから終わりまで全てに渡るようにたくさんの問題を考えたのです。そして、あの鉄道の動力に使われているのが天河石で、線路は鉄電気石でできていること、そしてステーションで美しく輝いていたモニュメントは月長石でできていることを突き止めたのです。銀河というとくべつな場において天河石は月長石とひかれあうのです。鉄電気石で作られた線路もその信号を受けて進路を決めるのです。
 ジョバンニはさらにあの時見た黒曜石でできた美しい地図と鉄道の進路を何度も何度も頭の中に呼び起こしてきました。そして、今夜もう一度、あの銀河鉄道はこの街の天上を通ることを発見したのです。ジョバンニは今日の発表で使った大きな月長石の入った鞄を両腕で包むように抱きしめました。

 街の明るい角にきたところで、ジョバンニは先生とお嬢さんと別れました。二人は烏瓜が浮かぶ川のあかりを見に行くととても楽しそうに話していました。流れていくあかりは天の河のようにそれは美しいのでしょうね、とお嬢さんがうっとりとつぶやきました。ジョバンニはなんだかお嬢さんにほんものの天河をみせに誘いたいような不思議な心地がしました。お嬢さんが天の河をお好きなら、あの丘をぜひに訪れてもらいたいと突然に思ったのです。今まで味わったことのない奇妙な感覚で、ジョバンニはうまくその気持ちを言葉であらわすことができないで、やはり別れ際も顔を赤くして頭を下げることしかできませんでした。
 先生とお嬢さんの声が遠のいてジョバンニが歩き出したとき、街の明るい角とは反対側にある橋の向こうに、せいの高い少年が立っているのがちらりと見えました。ぼんやりと見える橋の向こうは暗くてよく見えませんが、その少年はひとりでいるようです。
(みんなで川に灯りを流しに行かないのかしら)
 とジョバンニは、遠い昔の自分の姿とかさなるような気がして、ほんのすこしゆっくりとその橋の前を通りかかったとき、少年はふいに高く口笛を吹きました。その音色は夜空に浮かぶ白銀の川のように流れひびき、ジョバンニはおもわず少年の方を振り向きました。少年の姿は橋の向こうにとけてしまいもうほとんど見えません。林の奥で少年が持っていた烏瓜のあかりだけがぼんやりと浮かんでいます。

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