小説

『彼女のせいで』柿沼雅美(『孤独地獄』)

 分かっている。友達がいつまでも顔を合わせられるわけじゃない。両親がいつまでも生きているわけじゃない。弟がいつまでも子供なわけない。社会にでて普通に会社員になって関わる人がずっと関わってくれる人とも限らない。みんな同じだ、人は死ぬ。
 僕は一人だ。今、僕は孤独だと、はっきりわかる。僕は一人だ。今どころじゃない、どこに行っても、いくつになっても、僕は孤独なままだ。
 これから一日一日が止まらずに過ぎて、友達が就職して僕が就職できなかったら、まわりが結婚して僕が独身のままだったら、結婚したとして子供が生まれたとしてもその子がいなくなったら、結婚相手が病気になったら、年を取って仕事がなくなって家が古くなったら、どんな人と出会ってもどんなことが出来ても、出会った人が大切な分だけ、できたことが素敵なことだった分だけ、僕はきっと怖くなる。嬉しいことと同じ分だけ辛いことがある。地獄だ。それは地獄だ。
 急いでペットボトルを開けて乾いた口を潤す。陽があたたかい。中庭の木々は冬なのに緑色の葉をつけて揺れては陽を乱射している。けれどすぐに夕方がくる、すぐに夜がくる、朝がきて、明日明後日明々後日が来て、それでも僕は孤独な気持ちのまま取り残されていく。こんなことに気がついてしまった。早く忘れたい。
 カフェには、学内には、世の中にはこんなに人がいるのに、いや、いるから、一人が怖い。生きているのに、生きているから、孤独が怖い。
 いや、僕はアカネとは違う。サークルの仲間がいる、家族がいる、勉強もバイトもある。僕は孤独じゃない。僕は孤独じゃないから。ほら誰も孤独じゃない。
 それを確認したくて、もう一度アカネと話をしなければならない気がした。僕はアカネとは違う、と言わなくては孤独地獄にいるんだよと言われたことがその通りになってしまう。
 近くの席から女の子同士の会話が聞こえてくる。元カレが、というのが脳内で元交際相手と変換され、殺されそうな気がする。家にさぁ、というのが民家と変換され、何か突っ込んできそうな気がする。一人暮らしだもん、というのが孤独死に変換される。いつから、一体なんのタイミングで人は変わってしまうんだろう。
 アカネはこれから、多くの人と出逢い、多くのイベントをし、歌い、撮られ、僕とは違う存在になるのだろうか。いや、この気持ちはきっとアカネも同じはずだ。何をしてもアカネは人がいるところに彷徨いつづけるんだ。今のこの気持ちを分かってくれるのはアカネなのかもしれない。
 動きたいのに動けない。ここじゃないところに行けばいいのに、もはや自分自身が原因でどこにも行けない気がした。
 僕を連れ戻してほしい。友達がいて楽しい。勉強やバイトが面倒だけど大事。家族が長生きで仲がいい。恋愛をして結婚をして子供が生まれつつましい明るい家庭を築く。僕にはそれができる、いつまでも悲しみに犯されることはない、誰かそう言ってくれ。
 こういう時に限って、SNSにはなんの通知もない。アカネのページでは、時間がたってもずっと子供のままのような写真が並んでいる。
 アカネのせいで、僕は、もう孤独地獄にいた。

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