小説

『500万の使い途』おおのあきこ(O.ヘンリー『千ドル』)

 けっして美人ではないが、好感の持てる顔立ちをしている。それに、ときおり数本の花をデスクに飾っており、それが郁夫をはじめとしてオフィスではたらく仲間たちの心をほんのりと癒やしてくれていた。口数も少なく控えめな性格ながら、仕事はきっちりこなしてくれる。あまり目立ちはしないが、いてくれると非常に助かる存在だった。
 由香里にも幸恵のそういうこところが少しでもあったら――そう思わずにはいられなかった。
 それにしても、由香里はいったいどういうつもりなのか……。

 メッセージを送っても電話をかけてもなしのつぶてになって3週間近くが過ぎるころには、さすがの郁夫もがまんの限界に達していた。こうなったら、押しかけていくしかない。
 郁夫は夜、由香里のマンションを訪ねていくことにした。デートのあとは必ずタクシーで送っていたので、場所はわかっていた。
 ところが肝心の部屋番号がわからなかった。郵便受けの大半には名前が表示されていないうえ、管理人に訊いてもそんな名前の人は住んでいないという。
「そんなバカな。だって、何度もこのマンションまで送ってきてるんですよ」
 郁夫は泣きださんばかりの顔で管理人に訴えた。
 管理人が弱ったな、という顔をした。
「そう言うけどね、あんた、その人が玄関ホールのガラス戸を抜けるところまで見たんかね?」
 そう言われれば、由香里はいつも建物の中に消えるだけで、ガラス戸を抜けるまで見届けたことはなかった。つまり、ここに住んでいるふりをしていたのか?
「そういうことする女の人、多いらしいよ。ほら、変な男につきまとわれないように」
 管理人がさらりと言ってのけた。
 そこで郁夫は、あのときの合コンを企画した友人に連絡を取ってみた。参加者の中のひとりと急に連絡が取れなくなって困っている、と言って。
 しかし、あの夜参加した女性たちは全員が知り合いの知り合いという程度のつながりでしかなく、一応その知り合いを通じて由香里に連絡を取ってもらおうとしたものの、やはり連絡がつかないという返事が戻ってきた。
 それを聞いた郁夫は、その場にへなへなとすわりこんだ。

 1週間後、ひと月前の約束を守るべく、郁夫は500万円の使途明細を手にふたたび法律事務所を訪れた。いまやすっかり開き直っていた郁夫は、能面の弁護士にこれまでのいきさつを洗いざらい語りつつ明細を手渡した。

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