小説

『雨よ、雨よ』高橋惠利子(『Historien om en Moder』)

2

 空を見上げるとどんよりとした灰色が広がっている。どれくらい空を見上げていただろう。今にも泣き出しそうであるのに、堪えているのか冷たい雨粒は落ちてこなかった。
 猫はじっと女を見つめていた。
 受けた衝撃はひどく猫の心をえぐった。
 瞬きをするのさえ忘れた。
 足は自然とそこだけ茶色がむき出しになった場所に向かう。
 猫は死神と女の中間に座り込んだ。
 そして猫は死神を見上げた。
「なんだ、お前は」
「なぜ、引き抜いたのです」
「なんだとっ」
 途端死神は眉を吊り上げて叫んだ。
 猫は毛を逆立て、体勢を低くしてうなってみせた。
 これは救う神ではない。奪う死神だ。
「あなたが私の息子達の命を奪ったのですね、たやすく。まだ花は地面に根をしっかりと張っていなかったかもしれませんのに」
「どういう意味だ」
「花を咲かせ、種を落さず、どうして次の花が咲きましょう」
 事実、女の息子の花が植わっていた場所は、土があるだけである。種がこぼれる前に球根が育つ前に引き抜かれたのだ。
 睨み付けていなければ今にも飛び掛ってしまいそうであった。
「命の花であるならば、尚のこと。どうかお慈悲を、息子の命を返していただきたいのです」
「息子とな? ははっ、わしは毎日たくさんの花を引き抜いておる。どれが息子の命の花だったか覚えておらぬよ」
 猫はにゃあと鳴いた。
 神が命の花を引き抜き、あまつさえぞんざいな扱いをしていようと、誰が想像したであろうか。命は、大切に慈しまれなければならないはずだ。

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