小説

『真冬のセミ』羽賀加代子(『アリとキリギリス』)

「ん……」
「おや、気が付いたようだよ」
「ここは……?」
目が覚めたらすぐ近くにアリとキリギリスの顔があったもので、驚いたセミの幼虫は小さく「うわっ」と声を上げた。
「驚かせてすまないね。私はアリ。こちらは同居人のキリギリスくん」
アリは自分とキリギリスを交互に指差し、自己紹介した。
「アリさんとキリギリスさん……」
「あなたはもしや……」
「はい。私はセミの幼虫です」
「そうですよね」
アリが目を輝かせた。
「そうじゃないかと思いました。それにしても何故セミの幼虫さんが、こんな雪の中に?」
「実は……」
セミの幼虫は、アリに手を貸してもらいながら起き上がると、キリギリスが入れてくれた花の蜜のスープを受け取った。
「温かい。生き返ります」
セミの幼虫はスープを一口飲んで「ふぅ」と一息つくと、ゆったりとした口調で話し始めた。
「実は私、今年で幼虫を卒業するんです。私たちセミは七年間土の中で過ごし、その後地上に出て成虫になり、短い生涯を終えます。幼虫の間は暗い土の中で七年。ようやく明るい地上に出られたと思ったら、一週間でこの世を去ります。たった一週間です。一週間しか生きられない。せっかく大空を飛び回れるようになるのに……!」
セミの幼虫は悔しそうにスープを持つ脚に力を込めた。
「そこで私は、少しでも多くの世界をこの目に焼き付けておきたいと思い、時々こうして地上に出て来ては季節の移り変わりを楽しんでいたのです」
セミの幼虫は一旦言葉を切ると、また一口スープを飲んだ。
「雪がね……」
「雪?」
「そう。雪が見たかったんですよ。一生に一度でいいから……」
セミの幼虫は窓の外に目を向け、ハラハラと舞い落ちる雪を愛おしそうに眺めた。

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