小説

『断ち切って、さび』日野塔子(『ラプンツェル』)

 本当にお父さんは、お母さんは満足しているのだろうか。
 背を向け布団に包まったきりこは、延々と同じようなことを考え、どれだけ経ったか、気づかないうちまぶたを下ろしていた。
 ざわざわと木々が揺れている。

 
「母君のおっしゃることには従うべきです」
 迷いなく告げられた言葉にきりこは思わず頬を膨らませる。
「言ったあたしがばかだった。髪長さまには分からないよ。尊い身で、そんなにきれいで長い髪をもつあんたになんて!」
 声を荒げられ、髪長と呼ばれた女は眉を下げた。表情の細かな変化一つに目を奪われそうになり、きりこは慌てて顔をそらす。髪長は余計に嘆息した。
「家族ではないですか?」
 髪長は人間ではない。
 少なくともきりこは――髪長を見聞きすることができるのはきりこだけだ――人間であるはずがないと思っている。それは髪長の繊細な眼差しや楚々とした眉、色づく唇がきりこの知っているどの人間よりもすばらしいものと訴えかけてきたからだ。なによりも髪長はきりこと対照的に、自らの背の倍にもなりそうな長さの髪を有している。どんな身分に生まれればそこまで伸ばすのに許しを得られるのか、きりこは見当もつかない。
「きりこ」
 名を呼ばれ、振りかえれば髪長は柔和な笑みを浮かべてきりこを見下ろしている。
「わたしたちは似た者同士です。何度も言っているでしょう」

 数年前の昼のことである。きりこは子どもたちとともに山菜を取りにでかけた。
 発端がなにであったのか当の本人でさえ忘れてしまったが、きりこは大将然の子どもと口喧嘩をし、頭に血がのぼった少年はきりこを追いかけまわした。他の子どもたちはおびえたり、そもそも遠巻きからからかっていたりと、いずれにせよだれも止めない。とうとう急な斜面にまで突き当たった。きりこが何を話そうと少年の勢いはそのままで、危険を感じたとき。あともう少しで手が触れるというところで少年が大きく転倒した。次にはずるずると引きずられていくのを間近で見、少年に駆け寄ってよく目をこらす。すると少年の足首には人間の髪が生きているかのように絡みついていた。きりこが息をのむと、それらは跡形もなく消え、足首には赤い痕だけが残った。きりこも少年もなにが起きたか分からず、尋ねられても説明できなかった。
 しかし夕方、きりこの家の前に見知らぬ女が立っていた。女は異様に長く、あでやかな黒髪を持っている。あれはきっとこの人がやったのだ。すとん、とその考えはきりこの胸に落ちていった。我に返り身構えたが女はなにをするわけでもなく、ただ怪我はないか、あなたはこの家の子かと尋ねただけだ。きりこが二度首を縦に振れば女は満足げに笑み、山のとくに暗く厳しい中へ、徐々に空気と溶けあって消えた。

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