小説

『ドッペルゲンガー』植木天洋(芥川龍之介『人を殺したかしら?』)

 だいたい、こんな迷信に本気で怯えているのもなんだかへんよ。
 無理矢理開き直ってベッドに転がった。
 それでも死神みたいなものが常に付きまとっているような暗い気配は消えなくて、私は怯えながらうとうとと少しだけ眠った。
 朝になると、目覚めた時から息がきれていて、ずっと心臓がバクバクしていた。毛穴から気持ちの悪いヌルッとした汗が吹き出してきて、手が震えて、痺れた。なにこれ。私死んじゃうのかな?
 あと数時間後には、ドッペルゲンガーと出会ってから七十二時間が経つ。
 三日以内って書いてあったけど、これまで何も起こらなかったのは私の運が良かったのかな。それとも、やっぱり時間きっかりに突然死してしまうのかな。心臓とか、何か臓器が止まってしまって、苦しいのか、知らないうちにか、死んでしまうのかな。
 学校を休もうかとも思った。具合が悪いのは本当だし、母親に言ったら休ませてくれるかもしれないし。でも熱でもでない限り滅多なことで学校を休ませてくれない母親だったから、それはできないだろうとわかっていた。
 のろのろと着替えると机の前に少しの間立ち尽くして、震える手でペン立てを探った。ハサミを取り出した。痺れた指先にはめてみると、急になんでもできる気になった。私は強い。これで、降りかかってくる災いをすべて凪払ってやる。
 これで、これで。
 これで‐‐!
 私はそのとき浮かんだアイデアに身震いした。
 そうだ、もしドッペルゲンガーが先に死んでしまえば、私は助かるかもしれない。あの子と会ってしまったことがきっかけなら、彼女がいなくなればいい。
 そう考えると、急に体に力が出てきた。なんで私はそのことに思いつかなかったんだろう。でもまだ時間はある。彼女と最初に出会った五時限目までに、彼女を消してしまえばいい。
 どこを切ればいいかな。
 手首?
 頸?
 心臓を突き刺すとか?
 とにかく、殺す。
 殺す。殺す。
 自分が死ぬなんて、いやだ。かわりに彼女が死ねば、私は生き残れる。
 この世界に残るのは私なの。

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