小説

『ドッペルゲンガー』植木天洋(芥川龍之介『人を殺したかしら?』)

 あの子と出会ったのが昨日の五時限目の後だから、数えるとだいたい十六時間が経った。私はもちろん死んでない。あんなの信じる方が馬鹿げてる。
 それでも時間が気になって、結局学校にはおじいちゃんからもらったアウディの腕時計を持っていくことにした。普段はスマホの時計表示を使っているけど、授業中にスマホを見ているのがバレたら取り上げられるし、時計の方がコンパクトでいい。長針と短針、それから秒針だけで記される時刻がなんだか単純で、今は安心した。
 気にしないようにと思っても、授業中もドッペルゲンガーのことが気になって先生の話なんて耳に入らなかった。お陰で先生にあてられても答えることができなかった。国語は得意なんだけど、何を聞かれたかわからなかったら答えようがないじゃない。結局他の授業でもずっと上の空で、何度も注意された。
 だけど、考えるのをやめることはできなかった。
 アウディの時計をチラチラと眺めながら、その日を過ごした。五時限目が終わって、ひとまず丸一日生き延びた。でもあと四十八時間以内に私は死んでしまうのかもしれない。
 まさかね、そんなわけないよね、と思うんだけど。そんなことが本当に起きるわけがないって、その反面、心のどこかで本当だったらどうしようと思いながら、そんな思いが頭を巡った。
 その日の夜は寝付けなくて、何度も寝返りを打った。からみついてくる布団がうっとおしくて、妙に息苦しくて、蒸し暑いような気がして、何度も深呼吸をした。寝汗をかいて、何度も息を吸った。でも、息は楽にならなかった。もし寝てしまって、もう目が覚めなかったらどうしよう。そんな思いがへんだと思っても、頭から離れなかった。

 そのうちカーテンの向こうが白々と明るくなってきて、鈍い重みを頭に抱えて起き上がった。いつの間にか寝ちゃったみたいだ。私は死んでなかった。
 アウディの時計は七時を少し過ぎていて、いつもその頃になると物凄い足音をたててお母さんが私を叩き起こしにくる。文字通り叩き起こされるので、私は寝過ごすのがすごく怖い。足音を聞くと、胸がすごくドキドキするくらいに。
 とにかくお母さんに怒られる前に着替えて、その間もドッペルゲンガーのことを考えていた。
 あの子と出会ってからもう四十時間以上が経った。もう半分を過ぎてしまった。私はまだ死んでないけれど、この後どうなるかなんて全然わからない。
 食欲がなくて朝食を残して、本当は学校にも行きたくなかったけれど、お母さんの小言を背中に受けながら怠い足取りで学校へ向かった。
 嫌な汗をかいて、息苦しさが続いている。

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