小説

『ドッペルゲンガー』植木天洋(芥川龍之介『人を殺したかしら?』)

 その強烈な言葉が、私の胸に割れた窓ガラスみたいに突き刺さった。
 見てしまった。
 私にそっくりな女の子は、私のドッペルゲンガーだったかもしれない。他の人がそれを見ることもあるというから、女の子たちにもあの子が見えているのもおかしくはない。だとすると……。
 私はパソコンを閉じて、ふうとため息をついた。吐き出した空気が体にからみつくみたいなため息だった。それから、馬鹿馬鹿しいと考えるようにした。
 あの時の私そっくりな彼女は、ドッペルゲンガーとかいう不確かなオカルトなんかじゃない。あの子だってお父さんとお母さんから生まれて、ご飯を食べたり遊んだり勉強しながら普通に育って、今、あの顔をしているんだ。彼女には彼女の生活があるもの。
 私もおんなじ。あの子と私はそれぞれ違う生活があって、たまたま顔とか雰囲気が似ているだけ。
 何度もそう考えて、気にしないようにしていても消えない奇妙な感覚は残った。
 自分の部屋にいってベッドに横になっても、ネットで見た話が頭から離れなかった。私はメモを頭のなかで繰り返した。
 「ある日、ドッペルゲンガーに出会った。それは自分とそっくりの姿をした分身。そして、それを見た人間は三日以内に死ぬ」
 三日以内というのは、ホラー映画みたいにきちんと三日目に、というわけではなくて、「以内」というからには一秒後かもしれないし、ちょうど七十二時間経つその瞬間かもしれない。算数の時間に習ったから、わかる。
 すごく、曖昧だ。
 そこに算数みたいにピッタリした感じは全然ない。これから、いつ死ぬかもしれない三日間を過ごさなければならない。一秒一秒が私の命をかけたくじ引きみたい。
 それに気がついたとたん、心の奥が締め付けられるように痛くなった。不快な小さな虫が胸の内を這い上がってくるようで、肌がぶつぶつと沸き立つようで、気持ちが悪い。
 迷信なのに、そう思うようにしているのに、こんなに真剣に考えこんでしまっている。
 ほんとに馬鹿みたい。サンタクロースと同じで、そんなものが実際にいるはずなんて無いのに。
 大きな柔らかい枕に頭を押し付けて、気味の悪い気持ちを振り払う。だいたい、死ぬって何よ。そんなの漫画とか映画でしか見たこと無いんだから。

 次の日の朝は、いつも通り六時半に目が覚めた。きっと眠れないと思ったけど、考えすぎて頭がぐるぐると回って、いつの間にか寝てしまっていたみたい。

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