小説

『ドッペルゲンガー』植木天洋(芥川龍之介『人を殺したかしら?』)

 すごく、気まずかった。
「まるで双子だね〜」
「不思議〜、スゴ〜い」
「やば〜い」
 口々にあがる甲高い声の中に、ぼそりと低い声が言った。
「ドッペルゲンガーみたい」
 あたりを見回したけど、女の子のなかの誰がそう言ったのかわからなかった。
 ドッペル・・・・・・?
 そのザラザラした感触の単語が妙に耳に残って、なぜか無性に気になった。
 それから女の子たちはキャアキャア言い続けて、ひとしきり盛り上がってから満足したのか、私にそっくりな彼女を連れてどこかへいってしまった。去り際に申し訳なさそうに頭を下げた彼女は、まるでその気まずさまでも私そのものだった。一人だけ取り残された私はなんともいえない変な気分で、やっぱりその場から離れて教室へ戻った。
 授業を受けて、帰宅してから、リビングにおいてある家族共用のノートブック・パソコンの前に座った。
 検索画面で、社会科の教科書の端っこにメモしておいた「ドッペルゲンガー」と言う言葉を入力してみる。
 出てきたページを読むと、ドッペルゲンガーとはドイツ語で「二重に出歩くもの」という意味で「自分とそっくりの姿をした分身のことを意味する」とあった。さらに「生霊であり、実際の人間の生き写しが現れる超常現象のこと」と続いた。
 なにそれ、超常現象って。二重に出歩くもの……自分とそっくり……生霊……生き写し……ずらりと並んだ気味の悪い単語。
 歴史上の人物では、エカテリーナ二世、エイブラハム・リンカーン、芥川龍之介がドッペルゲンガーを見たらしい。芥川龍之介なら、教科書で知ってる。羅生門っていうなんだか気持ちの悪い話を書いた人。作者の欄に載っていた、なんだか憂鬱そうな顔の写真。
 それからさらに調べると、ドッペルゲンガーに出会うのは、死の前兆であるとも書いてあった。
 ゾッとして、イヤな気分になった。トイレの花子さんみたいな、そんなうわさ話なんて信じてはいなかったけど、それでも一人でトイレにいくのは少し怖かったし、インターネットの記事を読んでやっぱりイヤな気分になった。
 それも、すごくひどく。
 胸が締め付けられて、吐き気がして、具合が悪くなるくらいに。
 もう少し調べると、掲示板でやりとりされる都市伝説系の話の中では三日以内に死んでしまうというコメントが多かった。
 三日以内に死ぬ。

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