小説

『平和な時代に勇者はいらない』松みどり(『桃太郎』)

「一年間は解約できないからね」お婆さんが地声で囁く
 源さんはてきぱきと棚から桃太郎のサイズのスポーツウエア一式とり、セクシーな笑顔で桃太郎をトレーニングルームに送り出した。
「まあ、可愛い女の子が何人かいるっぽいし、やってみるか」
 とりあえず桃太郎はエアロバイクにまたがり、こぎ始めた。可愛い女の子がいないかと、素早く目を動かしたが、おばさんばかりだ。退屈なのでバイクについているテレビモニタをつけた。イヤホンを装着する。大音量でバラエティ番組が流れている。犬が美人女優かぐや姫に抱っこされ、はしゃいでいる。
「犬のやつめ、勇者の誇りを忘れやがって」
 桃太郎はエアロバイクの負荷を最大にして猛烈にこいだ。
「いやー!がんばっていますね!」
モニタから顔を上げると男性トレーナーが立っていた。短髪で爽やかな顔立ちだが日焼けの影響で非常に色黒だ。そしてその肉体はムキムキだ。
「自分、平って言います。新規の会員さんっすよね!何か困った事とか質問があったらいつでも声かけて下さい!」
「あ、はぁ、宜しく」
「そうだ!インボディの計測はしましたか?無料カウンセリングとかどうっすか」
 豪快に笑う口元から真っ白な歯が見える、肌の黒さとのコントラストがくどい。
「ふーん、インボディ計測。やってみようかな」
「それじゃ、こちらにお越しください」
 平さんは桃太郎をトレーニングルームのスタッフカウンターへ誘導した。
「じゃあ、身長を計測しましょうか。靴下脱いでください」
 平さんは桃太郎を見上げてつぶやいた。
「身長190CM、巨漢っすね」
 平さんはコンピューターに桃太郎の会員ナンバーと身長を入力した。画面にでかでかと桃太郎と名前が表示されているが、平さんは反応しない。
「じゃあ、そこの機械の上に立って、そこのグリップ両手でにぎってください。はい、脇開いて。オッケーっす。計測始めるんで動かないで下さい」
 ピーと計測終了の音が鳴り、プリンターから計測結果が出てきた。

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