小説

『平和な時代に勇者はいらない』松みどり(『桃太郎』)

「過去の栄光にいつまでも縋り付いてないで、今の人生に自信を持てるようになりなさい」
 ワゴン車はパラダイスジムと書かれた3階建ての建物の前に停まった。お爺さんとお婆さんは桃太郎を車から引きずり降ろした後、大きな包みを2つ荷台から下した。ジムの受付カウンターは2階らしく、お爺さんとお婆さんは包みを持ってエレベーターに乗った。桃太郎も大人しく2人に続こうとしたら、またもやお婆さんにすごい剣幕で怒鳴られた。
「お前は階段で2階まで来るんだよ!」
 桃太郎はこのまま帰ろうかと思ったが、お婆さんが鬼ヶ島の鬼より恐ろしいので、仕方なく階段を上った。ちょっと階段を上っただけで両足が震えゼイゼイと息が上がった。
 ジムの受付カウンターは白を基調にしていて清潔だった。カウンターの隣のスペースにはスポーツ用品を販売する売店がある。向かいのスペースには棚があり、レンタル用のスポーツウエアや靴が自由に取れるようになっている。更に奥には休憩スペースもあり、若くて可愛い女の子たちが体のラインにぴったりフィットしたカラフルなスポーツウエアを身にまとい、ドリンクを片手におしゃべりを楽しんでいる。
「おっ!」桃太郎のテンションがあがった。桃太郎はにんまりと笑った。
「いつもお世話になっております!配達と集荷に参りました。こちら今回のクリーニング分です」お婆さんがいつもより声をワントーン上げて受付のスタッフに声をかけた。
「ありがとうございます。社長さんと役員さんが自らいらしてくださって、本当に恐縮です。それではこちらのタオルとウエアもクリーニングお願いします」
「いやいや、初心を忘れちゃだめだからね。現場は大事だよ!」
 お爺さんが勢いよく答える。受付のスタッフは胸に名札を付けている。源という名前だ。派手な顔に派手な茶色の髪。おばさんだが色っぽい。ジムのスタッフにふさわしい細身ながらボンキュッボンの良い体をしている。源さんが桃太郎に気づいた。目を見開き、唇は色っぽく半開きで、はっとした表情だ。桃太郎はつぶやいた
「未だに騒がれちゃうんだな、参っちゃうな」内心まんざらでもないくせに。
「あら、こちらは・・・」源さんが桃太郎に近づく。
 桃太郎はあざとく少し照れた表情を作ってみた。
「こちらは先日社長さんが入会手続きをされた桃太郎さんですね!」桃太郎は落胆した。
「え!俺、既に入会扱いなの?」
「入会費はお前の銀行口座から自動引き落としだ」お爺さんがさりげなく囁く。
「勝手に何してんだよ!」桃太郎は必死に異義を唱える。

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