小説

『ブラックサイドカンパニー』小泉麦(『桃太郎』『金太郎』『浦島太郎』)

「いやいやいや、ちょっと待ってください!」
 本気で通信を終えようとする桃田に、鬼瓦は血相を変えて制止した。桃田は「何?」と反抗期の息子のようにうんざりとした口調で応答する。鬼瓦の冷や汗は止まらない。
「やっぱりこのご時世、もう我々のやり方は時代に合っていません。このままでは共倒れです。少しずつでも視点を変えていかないと……」
『それっておたくがいい格好したいんでしょ? うちの役回りをやって甘い汁吸いたいんでしょ?』
「いえ、そうではなくて。というか、御社の役回り、弊社の役回りと完全に二分できるような時代ではないということです。正義と悪で片づけられるほど単純ではないんです。もっと複雑で多様化しています」
『一緒にしないでくれる? 正義の味方はいつだって健在だよ。悪役が不況だからって巻きこまないでほしいんだけど』
 桃田はすっかり駄々っ子モードに入った。こうなると業務提携先の会社の主という感覚はまるでなく、ただのくそがきだ。鬼瓦は舌打ちしたいのを何とかこらえ、ひたすら揉み手をした。揉んでいる両手は、鋭い爪で己の皮膚をうっかり切りさいてしまいそうになる。
「おっしゃるとおり、悪役のほうが下火でございます。ですが、逆風はお互いに食らっていると思います。私どもとしては御社と手を取って、この不況を打破すべく……」
『うるさいうるさい! 鬼や熊なんかと一緒にするな! もっと今風な人員確保しろよ! 古い人材なんか切れ! クビだクビ!』
 桃田は逆切れして、ついでに通信も容赦なく切った。鬼瓦が身を乗りだす前に、無残にも画面は無機質なデスクトップに切りかわる。
 鬼瓦は憤怒して、もともと赤ら顔なのがより赤く染まり、壁にかかっていた社訓を投げつけた……ところで、話は冒頭に戻るという次第だった。

 
 鬼瓦が経営するブラックサイドカンパニーは、悪役敵役の人材派遣を請け負う会社だった。昔話を例に示すと『桃太郎』でいうところの鬼、『金太郎』でいうところの熊、といった具合だ。世の中、どんな場面においても悪役は必要だった。現実の世界でも虚構の世界でもそれは変わらない。
 同様に桃田が経営するホワイトサイドカンパニーは、正義の味方の人材派遣を請け負う会社だった。悪がいれば正義がいる。正義がいれば悪がいる。二つは切っても切りはなせないもので、対極にいながら共存するという不思議な関係だった。
 二つが同時に存在することによって、上手く調和し大団円を迎えることができる。わかりやすい二項対立を一昔前の世間は重宝し、二社は一世を風靡した。

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