小説

『亀裂』伊佐助(『浦島太郎』)

 2時間は過ぎただろうか。他の個室も賑やかになってきた。顔を赤くした桜子は勝にこう聞いた。
「元カノって勝くんのどこが1番好きとか言ってた?」
「えー、俺に聞く?なんだろー、あいつなんつってたかなー。あ、俺のイチモツかな」
 幹男は心の中で「出た!」と発した。何故この世の中には酒を飲むと下ネタに走る生物がたくさんいるのかと。しかし女性らは驚くどころか声を大にして笑った。
「何それー!うける!どんだけ自信あんのよ!」
「いや、マジで昔から自信あった!元カノも俺のドラゴン(イチモツ)を見た時はかなり驚いてたけど、マサを知ったら他いけなーい、ってよく言ってたし」
「はは!じゃあなんで別れたのよ」奈美が鋭いツッコミをいれた。
「俺から別れたの!だってあいつ、何ヶ月も働かずに俺ん家に居座ってさ。ダメなんだよね、いつまでも前に進まない子」
「そうね、たしかに勝くんは仕事人間だから相手もそういうタイプが良いんだろうね」奈美も納得した。
「俺のドラゴン、今日も元気かーい?」自分のあれに呼びかける勝の姿に彼女たちは再び爆笑した。
「超意外!勝くんが下ネタ言うキャラだったなんて。でも久々に笑っちゃった」桜子は嬉しそうだった。
 笑顔でいたものの、心はまるで笑っていない幹男。彼は小学生の頃、学校のトイレで素チンを友達に見られ、それ以降の長い間、ポークビッツと幹男の名前が融合し“ポッキー”というあだ名が付いてしまった。その苦い経験から下ネタを一切嫌うようになった。また幹男のそれは大人になるまで、さほど成長せず“マサルドラゴン”を羨んだ。

 開始から3時間後に飲み会はお開きとなり居酒屋を出る。勝と桜子の帰る方角は一緒だった。奈美と幹男はそれぞれ別の道なので3方向に散らばって解散した。
 午後11時前、幹男は1Kアパートの我が家に到着。背広の上着をハンガーに掛け、色あせた畳の上に仰向けになった。「サコちゃん、勝と一緒に帰ったけどあの後、ドラゴンの餌食になっちゃったかな。」
 色々と考えれば考えるほど勝への妬みという名の「亀裂」が走るのだった。
 仰向けの体を右方向に傾けるとそこには長年、幹男が育ててきた緑亀の水槽があった。彼の動きに警戒した亀は頭と手足をサッと甲羅に引っ込めた。それを気にせず水槽をずっと眺める彼は知らず知らずと眠りに落ちた。こうして彼の金曜日は終えた。

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