小説

『人形姫』原口りさこ(『人魚のひいさま』)

「僕リュックが少しだけ空いていたから、外が見えた。桜が満開で、花びらに触ったよ。」
 帰ってくるなり、怪獣は興奮して言いました。
「リュウ君の家には、すっごく大きな犬がいるんだ。怖かった!」
 ブロックたちは口々に言いました。
「ケイタ君の家は、ピアノがあったよ。おねえちゃんが習っているんだって。」
 汽車は聞いたと言う歌を口ずさんでくれました。

 おもちゃたちの話を、はじめのうちは、お人形はにこにこと、聞いていました。しかし、だんだんとお人形は、他のおもちゃたちがうらやましくなってきました。
 最近、お母さんはお人形の髪をとかしてくれません。自分だけが忘れ去られた気がして、寂しさは増すばかりです。

 その日、お人形が倒れていても、お母さんはそれに気づきませんでした。
 今日は、フウタ君が遊びに来ています。二人は、部屋中を駆け回って遊んでいました。すると、
 がこん!
 フウタ君の腕が、棚にぶつかってしまいました。
「大丈夫!?フウタ君。」
 びっくりして、ハル君のお母さんが駆けよります。
 フウタ君は、全然平気と言ったような表情で、けろりとしています。どうやら安心。傷ひとつ負っていないようです。
「痛いところはなかった?大丈夫みたいね。よかったわ。」
 ハル君のお母さんは、ほっと息をつきました。

 ところがその衝撃で、お人形は棚の下へと落ちてしまいました。 
 落ちた先はフウタ君のかばんの中。お人形の目の前は、突然真っ暗になってしまいました。小さなお人形はかばんの奥深くに入ってしまったのです。
「助けて!かばんの中にいるわ!助けて!」
 お人形は叫びました。
 お人形は、知らなかったのです。おもちゃの言葉は、人間には聞こえないということを。それからずっと、お人形は力の限り叫び続けました。しかし、もちろん、ハル君も、お母さんも、フウタ君もそれに気づきませんでした。

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