小説

『A Boy Behind the Shutter』植木天洋(『オリバー・ツイスト』)

「わあ、ちゃんとできたね。すごい」
 私が陰で微調整をしながら、それでも商品の半分以上をまつながくんが並べて、それは最初に出会った時とは比べものにならないくらい「ちゃんとしたショップ」のようになった。
 そうっと手をあげて頭を撫でると、彼は笑った。
 笑った。
 はっと息をはくように、嬉しそうに一度だけ笑った。とても印象に残る子供らしい純粋な笑顔だった。
 わずかだけれど彼に変化があったことに私は心から安堵して、そして少しだけ満足した。
 それから私とまつながくんは、彼の母親のスマホを通じて何度か話をして、おもちゃ屋やカフェ、図書館などへ出かけるようになった。
 最初はかたい表情をしていた彼だったけれど、カフェではホットミルクが好きなことをおしえてくれたし、おもちゃ屋では父親が買ってくれた――口調から父親の不在はなんとなく感じとった――ゲーム機で夢中になったゲームソフトやキャラクターの話をしてくれるようになった。
 しかし図書館や本屋では、彼の識字率が著しく低いことがわかった。ひらがなの一部以外ほとんど字が読めないのだ。まつながくんは、途方にくれた顔で並んだ本を呆然と眺めていた。
 そこで、できるだけ文字の少ない絵本や画集、写真集を勧めると、それには強い関心を示した。特に鳥の写真集が気に入ったようで、一抱えもある大きな写真集を抱くようにして熱心に眺めていた。
 私は彼の図書カードを作ってあげて、好きな本が借りられるようにした。図書館にはルールさえ守ればいたいだけいてもいいし、好きな本が好きなだけ見られるんだよ、と言うと、すごく嬉しそうな顔をした。
「地球には、たくさんの鳥がいるんだね」
「そうだね」
「スズメとカラスとハトと……学校で飼ってる鶏くらいしか見たことなかった」
「ツバメは見たことある?」
「ツバメ? わかんない」
 私は写真集の中からわかりやすそうな一冊を取り上げて、ツバメのページを開いた。
「今はあんまりみないけれどね……私が子供の頃は、軒先に巣を作って、そこで子育てをしていたんだよ」
「のきさきってなに?」
「んーと、家の屋根の裏側とか……玄関の上の方とか、そのへんかな」
「ふーん」
 生まれた時からあの地下にある店舗兼住居で育った彼には、「軒先」という感覚はわからないかもしれない。

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