「あなたにとって、一番大切なのは〈何か〉、と訊ねましたよね？」
「ああ、はい」
「何を思い浮かべました？」
私は、思い返し、怖気立った。
「あっ！」
と、不意に声を上げ、主は私の後方を見詰めて言った。
「やはり悪魔は既にあなたに魔術を授けたようです。後ろを御覧なさい。あなたの背後にも、私のと同じ影がたった今現れました」
私は後ろを振り返った。
次の瞬間、私は荒れ野にいた。
三歳の息子を背負い、足元に転がる小さな岩を避けながら、枯れ草を踏み付け、黙々とどこかを目指して歩いている。
「鴉の飛ぶ先に向かえばいい」
背中の息子が言った。
私は鉛色の空を見上げた。
「鴉なんかどこにもいやしないじゃないか」
「もう直ぐ飛んで来るよ」
途端に鴉の大群が、頭上に現れ、啼き叫びながら、飛び去って行った。
「早く！ 早く！」
息子に急かされ、私は鴉の飛び去った先を目指してぐんぐんと進んだ。
やがて私達は立ち枯れた一本の巨樹の前に辿り着いた。巨樹の枝には、さっき頭上を通り過ぎた鴉の群れが、びっしりと身を寄せ合い止まっていて、一切声を上げずに私達親子を見下ろしていた。
「確かここだったね？」
と、息子が言った。
「ああ、ここだ」
と、私は答えた。すると、背中の息子を支える両掌に、何か生暖かい液体が腕を伝って流れ落ちて来た。私は、息子を振り返り、思わずぎょっとした。息子の頭は割られていて、全身血塗れだったのだ。
血塗れの顔を私に近付け、恨めしそうに見詰めながら、息子が言った。
「お父さんが僕を殺したのは、間違いなくこの場所だった」
静かにしていた鴉達が突如一斉に啼き喚いた。