小説

『VR恋愛住宅』柿沼雅美(『恋愛曲線』)

 私がコートを脱いでいる間に、彼がキッチンシステムのパスタ穴にパスタを適当に入れ、トマトや玉ねぎをヘタや皮だけ取って野菜ゾーンに投入する。
 私は冷蔵庫からひき肉を取り出し、肉ゾーンに放り込んだ。すぐに彼は、この間ダウンロード取り込みをした名店パスタのレシピボタンを押した。
 「今日どうだった?」
 「あ、見る?」
 「見たい見たい」
 じゃあ、と言って二人でソファにだらりと座り、ヘッドセットを付けた。ヘッドセットからはお互いに一日どんなことがあったかどんなものを見たかをVRで共有できるようになっている。
 私の目の前に、彼の仕事中の風景が現れた。彼が新しくデザインした内装をロボットが忠実に再現するために壁紙を貼っているところだ。大きな穴を意図的に作っているから、彼はきっとここに大画面を入れるつもりなんだろうなぁとか、蛇口が動物の形になっているから森のカフェでもイメージしてるのかなぁなんて思えた。
 「誰これ友達?」
 彼の声が聞こえ、私は自分のVRを切った。
 「職場の後輩の美嘉ちゃんだよ。かわいいでしょ?」
 「なんか昔ギャルだったって感じ」
 彼がヘッドセットを揺らしながら笑う。
 「あーそうかも、そんな感じ!」
 「顔近っ!」
 「そうそう近づいてしゃべるクセがある子で」
 「顔近い〜キスできそう」
 ちょっと! 私が思わず彼のVRを切ると、あっやられた冗談なのに! と言いながらヘッドセットを取った。前髪が押さえつけられていたからか変な跡がついていてかわいい。
 「もう今日はVR報告終了!」
 なんでこんなことで嫉妬してしまうんだろう。
 「ただの映像なんだからさぁ、さぁてパスタどうかなぁ」
 彼は、なんてことないような言い方をしてキッチンに様子を見に行った。もう少し新しい部屋に慣れたら、掃除も洗濯も料理もいちいち様子を見なくても使いこなせるようになるのだろう。

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