小説

『Loveless』五十嵐涼(『ピノキオ』)

 そして、やっと出てきた言葉がこれだ。
「分からない」
「はぁ?!」
「でもさ、昨日凄いものを見ちゃったのよ。蝶がね、飛んでいたの」
 はしゃぐ彼女に、冷ややかな視線を送るが、そんな事は全く気にしていない様子で話を続ける。
「まるで運命かの様に、私の前をヒラヒラと」
「・・・蝶ね、別に凄くもなんとも無いけど」
「やぁね、話は最後まで聞いてよ。その蝶がね、同じ模様の蝶を運んでいたのよ。きっと仲間なんだと思うんだけど、運ばれている蝶はピクリとも動いていなかった」
「それって・・・」
 僕が表情を曇らせると、彼女も眉間に皺を寄せた。
「うん、多分もう死んでいたんだと思う。でも、その蝶は重さによろめきながらも必死に運んでいた。そんな風にヨタヨタ飛んでいるからさ、蜘蛛の巣に引っ掛かっちゃって」
 彼女はここで一瞬言葉を詰まらせる。その反応で、先を言わなくても結果が分かってしまい、僕も言葉を失ってしまった。
「だけどね、その蝶、全然藻掻く事もなくて、なんか、正直満足そうに見えた。二匹重なる様に蜘蛛の糸に絡まっている姿は、羨んでしまうくらい幸せそうだったの。変な話だけど」
 大きな瞳が濡れる。彼女が瞬きをすると、長い睫毛に涙の雫が絡みつき、小さな輝きを放った。
「あんなのを見たら、私も好きな人と一緒に居たいって思って、だから今日絶対あなたに声を掛けようと思ったの」
「はぁ・・・」
 そう言った後、彼女は俯いて黙りこくってしまった。
(ん?あれ?好きな人??いま、この子好きな人って言ったよな?!)
 彼女の言葉を反芻していると、胸の辺りに何か不思議な感覚をおぼえた。
(なんだろう。何か変だ、僕。好きと言われただけで、まるで体が熱をもったみたいだ)
 今まで感じた事のない感覚に襲われ、少しだけ頭がクラクラする。
「ねぇ・・・」
 彼女もブレザーの裾を指先で摘んだり離したり、落ち着かない様子だ。
「私は名前言ったでしょ、ルカって。あなたの名前も教えてよ」

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