小説

『砂塵のまどろみ』化野生姜(『眠い町』『砂男』)

だがそんなことをいくら考えようとも、ぱらぱらと落ちる砂がわずらわしいことに変わりはなく、私は手についたざらつく砂粒を見つめると半ばあきらめぎみにトイレへと向かうことにした…。

…確か、「眠い町」は旅の少年が老人に頼まれて世界中に眠りを誘う砂をまいていく話のはずだ…でも、砂をかけると人が眠くなるという題材はさほど珍しいものでもない。確か、ドイツやデンマークにも眠くなる砂をかける男の話があったはずだ…そう、ありふれた、よくある話…。

…ではなぜ、自分はこんなにも「眠い町」の話が気にかかるのだろうか…?

私は、手を洗いながらそんなことをぼんやりと考える。
図書館のトイレは清潔で、以前と変わらず中はきれいに掃除されていた。
そして手を洗い終え顔をあげようとしたとき、ふいに女子トイレ入り口のドアが開き、一人の女性が入って来た。
私はその女性の顔を見ると慌てて頭を下げた。

軽くパーマのかかった髪、こざっぱりとした、どこかシャレた服。
そして、左手の薬指にはまった指輪…。
…下からちらりと見た彼女は、どこか自信ありげな様子に見えた。

…どくんどくんと、耳の内側で自分の心音がこだまする。
額を、頬を、汗が伝う…気がつくと、ひざが震えていた。
そうして彼女が個室に入ったところを見計らい、私は逃げるように女子トイレを後にした…。

車に乗っても、流れる汗は止まらない。
自分はどうしてここにいるのか、なんで来てしまったのか。
そんな考えがぐるぐると頭をまわる。それとともに頭痛が始まり、視界がだんだんとぼやけ、響く心音とともに息苦しさを覚える。

…落ち着け、落ち着け…この具合の悪さは、ただの気のせい…。
本当の自分は健康なんだ…。

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