小説

『吾が輩は神ではない』洗い熊Q(『吾輩は猫である』)

「い、いえ。うまく話せずにごめんなさい……」
「いやいやいや、あんなもんですって。そんな謙遜しなくても」
 しかし女子アナという人種はこんなものだろうか。収録が終わった途端に喋りも声も変わる。年相応、いや、それ以下の印象の落差。
 今はスマートフォンの画面に指を滑らす事に必死の様子だ。
「ねぇ、飲み物ない? のど乾いた」
 苛ついた雰囲気。何に対してか。男か、仕事か。
 吾が輩にはわかる。志望したスポーツ部署の配属が蹴られたからだろう? 動機が不純。情熱が無い者に任せられない。将来の伴侶を探すのはいささか都合が良すぎるだろう。
 大体、狙いを定めていた若手の野球選手は分相応ではない。それに彼が活躍するのは晩年。指導者の立場になってからだ。
 それまで我慢できないだろう? 安心しろ。この先、それ相応の相手がいるのだから。焦りや苛立ちは醜く写る。
 焦りは過ちを増し、後悔は新しい後悔を生む。若さを喪失ではない、歳が積み重なるもの。日向で寝ながら重なるのを楽しむ。我々の種族を見習うことだ。

 
 さて、幸恵の事を話さなければいけないが、そうなると旦那の事も話さなければならない。世間一般が言う御主人様という存在だ。
 旦那とは青二才からの付き合いだ。
 吾が輩の真の御主人は旦那の父親。主人が生まれ落ちたばかりの吾が輩を拾ってきた事から始まる。
 旦那は幼い頃から寡黙で、人付き合いが苦手だ。よくいる引っ込み思案。だが芯は真面目で直向き、そして優しい。
 少ない友人の一人が吾が輩という訳だ。
 旦那の生来では縁を大事にする仕事は向かないが、直向きな御陰かひとつの事に秀でる。今は自身の世界を表現できるのが性に合うのかデザイナー紛いの仕事をやっている。
 自宅勤務。それも性に合う一つか。四六時中、書斎でパソコン画面と睨めっこだ。
 そんな旦那の膝の上に吾が輩がちょんと乗っかり、上目で見ながらにゃんと一言鳴けば顔が緩む。喋らない吾が輩が旦那は好きなようだが。

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