小説

『吾が輩は神ではない』洗い熊Q(『吾輩は猫である』)

 詰め寄る女子アナウンサーにテレビスタッフ。その目から伝わるやきもきと期待。
 幸恵など祈るように両の掌を握りしめ半泣きだ。
 ……やれやれ。致し方ない。
 吾が輩は赤い器を前足で押し出した。
「おおー! トウキくんが選んだのは赤! 勝ちます! 皆さん、喜んでください! 今度の試合、日本は勝ちます!」
 その次の試合でボロ負けするがな。

 この様になったのも吾が輩の自業自得。遊びが過ぎて、後戻りができない状況だ。
 この赤い器と青い器は吾が輩の物。これに飲水と食料をよそってくれるのだが、どちらが水で御飯なのか決まっていない。
 幸恵がいつも洗うのだが、肌理細やかなのか神経質なのか(後者の方が大体と思うが)臭いが残らない位に綺麗に洗い上げる。
 だからどちらの噐に水が入ろうが、御飯が入ろうが吾が輩は構わない。要は気分次第なのだ。
 いつの頃か。
 テレビ中継でサッカー日本代表の試合を夫婦が観覧する直前(この夫婦は熱烈な愛好者ではないがよく観覧する)、御飯の催促をした時に赤い器を吾が輩は差し出した。
 無論、日本が勝つことを知り得ていて。
 そして負ける時は青い器を差し出す。
 気分次第。正にそうだ。
 伝える為ではない、決め事でもない。お遊びだ。ほんの出来心をただ続けただけだ。
 それをあの幸恵が気づいた。驚きだ。
 近所の仲のよい主婦連中に話したのだろう。そこから拡散というものが始まり、巡り巡って、今日のテレビ取材である。
 この事態を予知していたなら決して力を使わなかった。いや、それ以前に吾が輩は幸恵を見くびっていた。気が付く筈がないと。
 見くびっていたから、予知をしなかった。そう、自業自得だ。

「はい、OKで~す。お疲れさまで~す」
「お疲れ~で~す。あ、奥さん、ありがとうございました~」

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