小説

『寒戸のガングロ』室市雅則(『遠野物語』)

 少女の家族は悲観した。
 だが、何も手の打ちようがなく、どこかで生きていてくれればと一縷の望みを抱きながら彼女を欠いた暮らしが始まった。

 それから十年後。
 1990年代後半の秋。
 ある日、あの町に横なぐりの雨が降り、強い風が吹いた。
 苛烈ながらも生温い雨と肌にまとわりつくような嫌な風。
 その激しさに金色に実った稲穂がなぎ倒され、泥まみれになってしまうのではと農家たちは気が気でならず、止むのを祈るばかりであった。
 それは農家たちだけでなく、学生、サラリーマン、郵便配達員、パート勤めの主婦など、あらゆる人々にも広く影響した。
 早く帰宅せねばならぬ、または止むまで二進も三進もいかぬ、都合の悪いことばかりが厄災の如く、降り注いだ。

 まさにその日、あの少女の母親が買い物から慌てて帰宅すると玄関に一人の女がいた。
 金髪が風になびき、ミニスカートから伸びる足にはだぶだぶのルーズソックス、ワイシャツの袖を捲り、腕に大量のブレスレットをはめている女。
 母親の気配に気づいたのか、女は振り返ると満面の笑みを浮かべた。
 女は爪という爪が飴細工のように飾られた指を広げて手を振った。
 手を振るたびに大量のブレスレットがぶつかり合って音が鳴る。
 母親はその女が誰か分からなかった。
 何せ、女の顔面は黒く塗られ、それと対比するような白が目の周りと唇に塗られており、元を推測する余地さえない。
 「なんたす?」
 母親が尋ねると女は一瞬、固まってから腹を抱えて笑いだした。
 「超ウケるんですけど。うちだよ、うち」
 母親はまじまじと女の顔を見たが分からなかった。
 「はあ・・・」
 「マジ?娘の顔も忘れるなんてありえなくない?」
 娘。
 「ただいま」

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