小説

『ツルの憂鬱』poetaq(『 鶴の恩返し』)

「お爺さま、お婆さま」
 おツルは努めて弱々しげに言った。憐れみを請うて、覗かせるつもりなのだ。
「お爺さま、お婆さま。おツルは少々、疲れました」
「空き腹のせいじゃ、おツル。爺らと食わぬか」
「そうだよ、おツル。婆も久しぶりにお前の顔が見たい」
「わたしもお目にかかりとう存じます。が、どうも病のようで、体が動かぬのです」
「だから、根詰めてはならぬと日頃から申しておったのじゃ。さあ、こちらで食うがよい」
「一人じゃ、出られそうにないのです……」
 おツルが今にも泣きそうに訴えた。我ながら演技が巧い、と思った。故郷では「女優にしたいほど」と男どもに言い寄られていたものである。
「ですから、お手をお貸し頂きたく……」
「そ、そうだねぇ……」
 老婆が躊躇を示した。禁を意識しているらしい。老夫も困惑げに続けた。
「なんとかそちらから開けられぬものかの」
「そうしてくれるといいんだがねぇ、おツル。仕事中は覗かん、という約束じゃからの」
「覗くのではございません。こちらからお願いしているのです!」
 おツルはつい声を荒らげた。一見優しいようで、実は頑固な老夫妻。いや。単に業突く張りなだけかも。昂奮して肩で息をしていると、老夫がまたも小生意気なことを言った。
「ならば、そちらから開けるのじゃ、おツル。襖くらい開けられるじゃろう。桜井さま方の土蔵じゃあるまいし」
「桜井」というのは、お得意先の呉服商である。訪ねてくるのはこの家の女将なのだった。厚化粧で口さがない大年増。おツルの嫌いなタイプだった。
「そ、そうだよ、おツル。婆もこれから使いを出して、かかりつけの医者を呼んであげよう」
「いいえ。それは結構です。囲炉裏に当たれば、少しは回復しそう……」
「ならば、出て参るがよい。わしらはここで待っておる」
「いいえ、お爺さま。どうか、お手をお貸し下さい」
「それは無理じゃ。約束は約束」
「破ることにはなりませぬ。ちゃんとお許し申し上げてございます」
「いいや。開けてから『覗いた』と言われては、台無しじゃ」
「台無し?」

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