小説

『ヤドリバチ』末永政和(『芋虫』江戸川乱歩、『変身』カフカ)

 日曜の朝、茜に肩を激しく揺すられて進はようやく目を覚ました。悲壮な顔でこちらをのぞきこんでいる。
「うなされてたよ。歯ぎしりもひどかった」
 必死に痛みをこらえているような表情だったという。よほど深刻な寝相だったらしい。右の手のひらに鈍い痛みを感じて、見ると爪が食い込んだ跡があった。寝ている間に手を強く握りしめていたのだろうか。
「ねえ、ほんとに大丈夫なの? ストレスたまってるんだよ、きっと」
「平気だよ、少し疲れてるだけだ」
 気遣いがかえって煩わしく、つい突っ慳貪な態度を取っていた。一瞬、しらけたような空気が漂った。今まで何度も経験してきたことだ。こういうささいなすれ違いから、別れへつながっていく。
「平気って……そんなわけないじゃない」
 答えるかわりに手が出ていた。茜が頬をおさえてうずくまっている。恨めしげにこちらを見ている。
 茜の髪をつかんで頬を張りながら、あぁ俺は何をしているんだと冷めた自分がいた。体がおかしくなるまで追いつめられて、劣等感のはけ口に茜を利用している。最低だと思いながらも手を止めることができない。鼻血が飛び散る。唇も切れたらしい。充血した茜の目は、進ではなくどこか遠くを見ているようだった。進は茜をベッドに押し倒し、馬乗りになっていた。

 
 月曜の朝も、やはりベッドから体を起こすことができなかった。平面のはずのベッドが、蟻地獄のように大きくくぼんでいて、そこに体を捕らえられているような気分だった。このままずっと、同じような朝が続くのかと絶望的な気持になったが、水曜の朝だけは何事もなく起き上がることができた。朝から打ち合わせの予定が入っていて、遅刻してはならない日だったのだ。打ち合わせがあるときや、仕事の電話がかかってきたときには反射的に起きることができる。やはりどこか病んでいるのだろうと思った。会社には、体調が悪いのでしばらくは遅めの出社になるとだけ言ってあった。それで話がついてしまうのも、体を壊してまで会社に尽くしてきたおかげだと思うと苦々しい気分だった。

 どうせ起きられないのだと思うと、自然と寝る時間も遅くなっていった。それまでは深夜一時ごろに帰宅して、二時半には眠りにつくようにしていたが、やがてベッドに入るのが三時、四時と遅くなっていった。悪循環には違いないが、眠るのが怖かった。明日もまた起きられないのだから、それならいっそ徹夜してしまえばいいのだと思うほどだった。
 茜からは電話もメールも来なかった。あんなひどい目にあったのだ、もう二度とここに来ることはないだろう。これ以上一緒にいたって、お互い何もいいことなどないのだ。傷をなめ合って、なれ合って、その先に一体何があるというのだ。向こうから見切りをつけてくれたほうが救われる。同情されるのはまっぴらだった。

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