小説

『白雪姫前夜』伊藤なむあひ(『白雪姫』)

                    10、

 ドアが強めに二回ノックされ、外から声が聞こえた。
「おい、そろそろ時間だ、出ろ。男はそのままだ」
 続いてガチャリと鍵が開く音がした。
 男は小声で何故外に出されるか聞いてみると、女の子は立ち上がって男の方に振り返り、よとぎよ、と小声で言って軽くウインクした。そして「今行くわ」と扉の外に向かって言い、扉を開け部屋から出て行った。そして再び鍵の閉まる音。
 一人、部屋に残った男は、同じように車内に一人取り残されているであろう『小柄な小学生なら一人くらいは入りそうな大きさのトランク』のことを思い出した。そしてその中身のことも。
 男は女の子に言われた位置で待つことにした。

                    11、

『小柄な小学生なら一人くらいは入りそうな大きさのトランク』はまだ夢を見ていた。
 とても幸せな夢だ。
 でもそれはいつしか、ある男とある少年の夢になっていた。
 とても悲しい夢だ。

                    12、

 女の子はもう帰ってこないんじゃないかと男が思い始めた頃、複数の足音が近づいてきてガチャリと鍵の開く音がした。
 男は息を呑みそのときを待った。
 ドアが空き、足音が一つだけ入ってきた。そして、
「あれ? ねえ、あの男がいないわ! 逃げたのよ!」
 女の子の叫び声がドア一枚を隔てたすぐ隣から聞こえた。
 それからすぐに複数の足音が部屋の中に入り、
「誰もいないぞ」「どこ行きやがった」「くそ」といった声が聞こえたと思ったら大きな音をたてて扉が閉まった。そしてガチャリと鍵の閉まる音。
 一瞬の沈黙の後、男を見付けた7人の芸術家たちは口々に男を罵り、そして暴力をふるった。
 芸術的な暴力を。

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