小説

『白雪姫前夜』伊藤なむあひ(『白雪姫』)

 女の言い訳じみた独り言とカチャカチャという俺の音が部屋の中に響いていた。
 内心、俺はほくそ笑んでいた。諦めて俺の持ち主の物を全て置いて帰りやがれと思っていた。
 そしてついに俺の身体から女の手が離れた。俺は安心し、それと同時に持ち主を守ったような誇らしい気持ちになっていた。だけど女は再び俺を触り始めたんだ! 今度は力なんて入れず、俺の身体を隅から隅までまさぐってきた。多分、女は俺の身体になにか仕掛けのようなものがあると思いそれを探していたんだろう。女の指が俺の、まだ誰にも触られたことのないような場所まで伸びてきたんだ。
 取っ手の付け根の金属を撫で回したかと思うと、俺の割れ目をぐるっと一周なぞり、角にある金属をひっぱり、ゆらし、底面の4つの出っ張りを一つずつ順番につまんでいった。
 まったく初めてのことだった。出荷前の工場でも教えられなかったし、俺の説明書にもこんな機能のことは書いていなかった。そう、信じられないことに俺はこの女の手によって性的快楽を得ていたんだ。俺には声が出そうになるのを何とか堪えることしか出来なかった。あとは女の成すがままだった。
きっとたいした時間じゃなかったんだとは思う。けれどそのときの俺には果てしなく長く感じられたんだ。俺は何とかその快楽に耐えていた。何故か俺のこれまでの記憶が次々と蘇ってきた。もう限界だった。そして俺は、女が俺の最後の一つをいじっているときに、ついに達してしまったんだ!
 今にして思うと女にもその気があったのかもしれない。でももうそれは分からない。とにかく俺はだらしなく身体を弛緩させ、まともな思考を取り戻す前にその身体を開けてしまったんだ。
 今にして思うと、あの女の指使いは、まさに芸術家のそれだったぜ。

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 その快楽を思い出し、余韻に浸っているのだろうか。そこまで語った『小柄な小学生なら一人くらいは入りそうな大きさのトランク』は再び黙ってしまった。そしてそれは男が看板を見付け、それを読むために車を停めたのと同時だった。

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