小説

『メリーさんの涙』桝田耕司(『メリーさん、口裂け女』)

 草木も眠る丑三つ時、夜の公園で、お姉様が待っていました。
「お姉様! 会いたかったよぉ~」
 メリーさんは、マスクをかけた美女に抱きつきました。
「私はダイエット中だから、やめておくわ。遠慮はいらないから、全部どうぞ」
 お姉様が、お酒とおつまみを用意してくれていました。公園のベンチに座り、メリーさんだけ、ビールを飲みます。
「最近の人間は、大嫌いです。固定電話を持っていない人が多すぎます。ナンバーディスプレイがあるし、非通知設定で電話がかからないし、迷惑電話に登録されて着信拒否されるし、最低です。黒電話の頃が懐かしくて、泣きそうです」
 メリーさんは、今回の一件を愚痴ります。
「あなたもスマホでしょ。文明の利器を使っているのだから、文句を言っては駄目よ」
「昔はよかったなぁ……」
昔は不便だったけど、楽しかったことを思い出して、涙ぐみました。
足を震わしながら、下を見ないように気をつけて、電信柱に登りました。電話線を操作する時に、感電しそうになりました。間違って停電させてしまい、迷惑をかけたこともありました。
ヒラヒラのスカートのまま電信柱に登ったので、不審者として通報されたこともあります。逃げ遅れて警察に囲まれたこともありました。あわてて、酔っ払いのふりをしたら、未成年者がどうのこうのと、説教されました。
必死で「二十歳です」と、言い訳をしている時に、通りがかったお姉様に助けられました。その時からの付き合いです。すべてが懐かしい、古き良き時代です。
「海外なんて、酷すぎますよね」
「あら、いいじゃないの。私も海外旅行が大好きよ。昨日まで韓国に行っていたのよ」
「また、韓流スターの追っかけですか?」
 メリーさんは、ため息をつきました。
「違うわ。今回はもっと大切な用事よ。私ね、一大決心をしたの」
「えっ? 何かあったのですか?」
「ねぇ、メリーさん。私って、綺麗?」
「はい。とっても、綺麗……キャァー!」
メリーさんの目には、はっきりと見えました。マスクの下は、キラキラ光るラメ入りの口紅をつけた、ぷっくりとした魅惑的な唇でした。

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