小説

『ビーフジャーキーと猫』広都悠里(『七匹の子ヤギ』)

 この部屋には七匹の子ヤギみたいにあたしが入れるような大きな時計はない。
 どうしよう。
 七匹の子ヤギの物語の中で捕まったにいさんやねえさんみたいに、すぐ見つかってしまうカーテンの影や、テーブルの下しか隠れる場所がないのなら、隠れても無駄なんじゃないかと思った。それに慌てて隠れるような元気が、もう、あたしにはなかった。
 かちゃり。
 オオカミが外から鍵を開けた。
「おかあさんはもう戻ってこないの。だから、行きましょう」
 知らないおじさんとおばさんが玄関に立ってそう言った。
「だめ。家から出たら怒られる」
「あのね、おかあさん、別の場所で待っててほしいんだって。だから、おじさんたちといっしょにその場所へ行こう。そこで、おかあさんを待っていればいいから」
「行かない」
 あたしは、はいつくばって家から出ないようにがんばった。
「ドアを開けたらいけないの」
「知らない人の言うことをきいたらだめ」
 どんなにあばれても、泣き叫んでも、一度開けられたドアは閉まらなかった。あたしは前にお母さんと会った時にもらったビーフジャーキーを握りしめたまま、連れ去られた。
「ビーフジャーキー?」
 たいていの人はここで半笑いになって聞き返す。
「ビーフジャーキーって言った?今」
「長持ちするから」
 へ?と聞き返す人にあたしは説明する。
「ビーフジャーキーはずうっと噛みしめていれば味が出るから長持ちするって。それに栄養だってあるし。だって干し肉だよ?」
「長持ちするって言うならガムか飴じゃないの、だってまだ小さかったんでしょ、子供にビーフジャーキーって」
「だよねー。ウケるでしょ」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14