小説

『ごめんなさいね』吉倉妙(『マッチ売りの少女』)

 その長男の育児休暇も終わり、私は職場に復帰し、まさに追われるように日が過ぎて、長女が四歳になる年のことでした。
「誕生日には少し早いけど、サツキにプレゼントを買ったよ」
「あらまぁ、さっちゃん、お父さんからのプレゼント、何でしょうねぇ」
「えぇ、まぁ、これから届くことになるんだけどね」と、いつもの口調で篤志さんが鞄から取り出したのは、少しヨレヨレになったパンフレット。
 誕生月から1年間、毎月2冊の絵本が届けられるというシステムで、1冊は日本の昔話、もう1冊が外国の物語。
 5月生まれのサツキに届いた初回の2冊は「おむすびころりん」と「おやゆび姫」。
 どちらも結末をすっかり忘れていて、「こういう話だったのね」と自分も新鮮な気持ちになりながら読み聞かせました。
 本は、毎回、月の半ばに届けられました。
 季節にそったものとなる事もあり、7月は「浦島太郎」と「人魚姫」で「どちらも海つながりね」などと思いながら読み聞かせました。
――そして12月。
 届けられた絵本は「笠地蔵」と「マッチ売りの少女」でした。
(マッチ売りの少女を読んであげるなんて、自分にはできない)咄嗟にそう思いました。
 できないのではなく、私にはその資格がありません。一体、どんな顔をして読めばよいのかと、後回し、後回し……にしていたのですが――。

「お母さん、今度はこれを読んで」
 お風呂あがりの娘が両手で持ってきたマッチ売りの少女の絵本に、不意を突かれた私は、すっかり動転し、上ずった声で、最初のページを読み始めました。
「雪の降りしきる大晦日の夜のことでした。少女が一人、寒い空の下でマッチを売っていました。マッチが売れなければ父親に叱られるので、全部売れるまで家には帰れません。しかし、人々は誰も少女には目もくれずに通り過ぎていきました」
 雪の中、マッチを売る少女が描かれたページを、いつになく神妙な面持ちで見入る娘に、これ以上の朗読ができそうもなくなった私は、喉がいがらっぽいと嘘の理由で、読み聞かせを篤志さんに交代してもらいました。
 あぐらをかいた父親の膝の上、絵本を読んでもらう娘のぷっくらとした頬。

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