小説

『Okiku_Dool』植木天洋(『お菊人形』)

 右手の人形を小刻みに左右に揺らしながら、裏声で言う。彼は八の字眉のまま人形を見つめて、もう一度「えー」と言った。
「捨てなさい」
「少しの間だけでいいから」
「怖いよ」
「怖くないよ。モノだもん」
「日本人形が怖って言ってたじゃん」
「これは怖くない」
「怖いよー」
「これは怖くないってば。ほら」
 人形を左右に揺らして見せるが、彼は人形の存在を受け入れられないようだった。
「呪われたらどうするの」
「呪われないよ。モノだもん」
「あれでしょ、髪の毛とかの伸びるんでしょ」
「伸びたら切ればいいじゃない」
「えー」
 彼は最初と変わらない声を漏らして、不毛な会話に疲れ果てたようにソファにどさりと腰を下ろした。
「どこに飾るの?」
「スピーカーのところ」
「ダメ」
 彼は私の要求のほとんどをのんでくれるが、‘ここから先は絶対にダメなライン’が深く長くキツく引かれている。交渉をしてもダメ、時間をかけてもダメ、譲歩する余地など一ミリもない。そういう断固とした価値観を持っている。
「本のところにおくよ。そしたらあなたからは見えないし」
「見えるよー」
「見えないってば」
「見えなくても嫌だよー」
「何が嫌なのさ」
「怖い」
「怖くないってば」

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